柊家

第5話

柊屋敷に足を踏み入れ、屋敷に使える人達に出迎えられた後、俺は着替えをさせられ居間に行くよう言われた。

「…北斗さまがお帰りになりました」

 俺の先に歩いていた女中が和室のふすまの前で足を止めてしゃがみ、ふすまの向こうに呼びかける。

 そして、数秒間を開けてからそのふすまを引く。

「北斗さま、どうぞ」

 女中はさっ、と横に退き、俺に中へ行け、と言う。

「うん」

 俺はその言葉に従い、その先へ足を進める。

「…よくぞ帰ってきたな、北斗」

 ふすまの開いた先には、柊家の者---俺の家族が座っていた。ただ1人、標を除いて。

「はい」

「座りなさい」

 真正面の高座にいる、柊家現当主・柊 統星(とうせい)がそう言い、俺は父を真正面から見つめるように置いてある座布団に座った。

「…長旅、そして任務お疲れ様でしたね。無事でなによりです」

 父の隣に寄り添うように座る母・柊 蝶子(ちょうこ)は嬉しそうに微笑んだ。

「はっ、どこかでのたれ死ねば良かったですのに」

 その言葉に左を向くと、標と双子の姉・澪(みお)が俺を嘲笑っていた。

「…澪こそ変わらずだな、義兄さんのことほったらかしていいのかよ」

 俺が旅立つ前、澪は山向こうの富豪の家に嫁いだ。でもこんな皮肉屋なら向こうの家庭とは上手くいってなさそうな気がするのだが。

「お父様に呼ばれたから仕方なく来たのよ。そうじゃなきゃ、あんたの顔なんか見たくないわよ」

「そうですか、それはどうも」

 全く相変わらず嫌な女だな。そう思って前を向き直した。

「…北斗よ」

 渋い声で父が俺の名前を呼ぶ。久しぶり呼ばれて緊張する。

「はい」

「お前たちの偉業はわしの耳までちゃんと届いておる。よくぞ世界を救ってくれた」

「ありがとうございます」

「して、海救主様はご無事か?」

「はい、戦いを終えた後しばらく眠っておりました。今はまだ床についてますがお元気ですよ」

 父に言われて改めてハッとさせられる。「ザクラちゃん」は俺たちの唯一無二の仲間だけど、世間からしてみれば、世界を救った救世主さまだったはずだ。

「そうか」

「は。なにが『お前たちの偉業』よ。世界を救ったのは海救主さま、あんたはどうせコバンザメのようにくっついていただけではなくて?」

「…」

 本当になんなんだ、この女は。

「世界を救った、というのもあまり実感がないわね。本当に海救主様は世界を救われたのかしら?」

「てめえに分かる!?」

 澪の言った言葉に俺は怒りを感じて叫ぶように反論した。

「北斗!」

 母が止めに入ろうとする。

「あら、怖い」

 はにさにさと俺を見て笑う。

「女性に声を荒げるなんて。柊家の跡取りがなにをやっているのかしら」

「…たしかに男としてそれはどうかと思う。だけど、俺の仲間の頑張ってしてきたことを侮辱したのはそっちだろう」

 俺はため息をつくと、キッと澪を睨みつける。

「あの子は!ザクラちゃんは! 世界を救うためにたくさん努力をしてきた! 悲しいことや苦しいこともあの子を襲ったけど、全部食いしばって受け止めて頑張って前を向いてきた! ぬくぬくと生活してきたあんたには到底分かるはずない、あの子の努力の結果をあんたが語るな!」

 旅で出した大声以来に叫んだと思う。と同時に柊家ではじめて出した叫びだと思う。

「北斗…」

 両親は目を丸くして驚き、俺に睨まれた澪も少しだけ驚いたように見えた。

「…この場所は田舎すぎて状況が分からないかもしれない。ウィーン・ウォンドの影響をさほど受けてはいないかもしれない。だけど、世界にはその影響を色濃く受けて甚大な被害を受けた場所もある。そこに生きる人たちは頑張って日々を生きている。それを知らずに『実感ないけど』って言うな!!」

 俺はそう言うと澪をもう一度睨みつけた。

 俺の一喝が効いたのか分からないけど、澪はなにも言わなくなった。

「…失礼しました」

 俺は両親にそう言いながら座り直す。

「…北斗お前…」

「言い放った気持ちは俺の、あとは全部海救主さまの真似です」

 それは間違いではない。ザクラちゃんは優しく慈愛のある人でもあるけど、喧嘩っ早い。仲間や自分の身内に大ピンチが発生するほどそれは凄まじかった。

「北斗よ」

「はい」

「この屋敷の裏山に、わしら柊家の氏神様を祀っている神社があることは知っておるな?」

「はい」

「帰ってきたばかりではあるが、とりあえず明日そこへご挨拶して参れ。旅を終えた報告も兼ねてな…」

「はい、わかりました」

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