第2話
『北斗様。すぐ柊の御屋敷にお戻りください』
真剣な眼差しでそう話したつづみの言葉を聞いて、俺はすぐ居候しているザクラちゃんの家に行って荷物をまとめ、柊の家を目指した。
今は、柊の家がある町へ向けて走る汽車の中にいる。
その道中思い浮かぶのは、「柊の家へ行く」と告げた時の仲間たちの顔だった。
「俺、ちょっと柊の家に戻ります」
「え…?」
よほどすごい顔をしていたのだろう、まだ病床にいるザクラちゃんを含め驚いた顔をする。
「…何かあったんだね?」
布団から上半身だけ起こしたザクラちゃんは、俺の表情を見て何か分かったらしい。
「…ザクラちゃん」
「うん」
「俺が旅している間、柊の家の当主--父が病に倒れた。それで、俺が不在なのをいいことに兄が土地を荒らしているらしいんだ」
それを聞いたザクラちゃんの眉がぴくり、と動いた。
「幸いにも父には心配なことはなかったみたいだけど、兄が毎日暴れているせいで柊の土地に住む人達は苦しんでいるらしい」
「それは…」
「たまたま今日の昼中に再会した、柊の家に仕える女の子の話によると、年老いた父は俺に家督を譲って隠居し、兄を諦めさせて領地の平穏を取り戻したいらしい」
うんうん、とザクラちゃんは頷く。
「風の噂でザクラちゃんがウィ-ン·ウォンドを倒したと聞いて、俺を探しにきたんだって」
「そっか…」
「もしかしたら長いこと柊の家にいることになるかもしれない」
「分かった」
ザクラちゃんはそう言って頷いてくれた。
「…北斗」
「ん?何?」
「私は、柊の家のことは何も知らないから何も言えないけど…どうか武運がありますように」
「ザクラちゃん…」
ザクラちゃんはそう言って、俺の手を握ってくれた。
その手は暖かった。
「---火創主?」
ザクラちゃんに握られた右手を見ているとレオに声をかけられ、我に返った。
「お、おう」
「大丈夫か? ボ-ッとしていたけど」
「ああ、大丈夫だ。ザクラちゃんの家を出る時のことを思い出していた」
「…そうか」
「というかレオ。その姿だとまわりの人が驚くだろ」
「その心配はいらねえよ」
「は?」
「オレは魔物だぜ? まわりから見えないようにもできるんだぜ?」
「え、いつの間に?」
「ああ。お前たちが、ウィ-ン·ウォンドとの対決に向けて力を入れてアレやコレやしていたのと同じように、オレも何かできないかといろいろやっていたんだ。---ま、これを試す時は無かったのだがな」
「そんなことないだろ。今現在役に立っているだろ」
「ありがとな」
レオはそう言って、ニッと笑う。
「…でもその言葉、そのままお前に返すけどな、火創主」
「…は?」
と、その時。汽車が目的の場所に着いたことを告げる。
「…降りるぞ、レオ」
「…おう」
汽車を降りると、目の前に田園風景が広がる。
ザクラちゃんたちがいる町とは随分と違う。
「……」
生まれ育って馴染みのある草の匂いと同時に、微かに燃えるような匂いを感じた。懐かしい、というよりも緊張が走る。
『北斗様のお兄様、標様が北斗様が不在なこと、ご当主様の体調が優れないことをいいことに領地を荒らしていらっしゃいます』
町で会った、つづみの切羽詰まった声を思い出す。
「…火創主」
レオも何かを感じたらしく、その声は重たい。
「…レオ、急ぐぞ」
「ああ」
俺は背負った荷物の肩紐を握りしめ、駅から走り出した。
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