焔の御子 ~海の御子 番外編~

@3melody_mi

伝令

第1話

ザクラちゃんとウィ-ン·ウォンドの死闘から数ヶ月が過ぎようとしていた。

ザクラちゃんは一時長いこと眠っていたが、なんとか目覚めてくれた。


『…ウィ-ン·ウォンド。お前とエアを海救主の力であの世へ送る。それが…私のとどめだ』

ザクラちゃんは海救主の力のすべてで、ウィ-ン·ウォンドとその奥さんだという女性、そして文字通り心身共に戦ってきた、海宝石の精霊マルリトスを「あちらの世界」へ送り出した。その結果、ザクラちゃんは海宝石の力を失い、海救主ではなくなった。


ザクラちゃんとウィ-ン·ウォンドの戦いの最中にいたからよく分かっていなかったが、その影響はあちこちに起きていた。 災いにより家屋などが崩壊したり、人々も怪我を負っていた。少なからず戦いにいた者として自分たちの身体が回復したあと、こうして町の復旧の手伝いをしている。

「まぁ、あの子は幾度も倒れたけどその度に這い上がってきたから大丈夫だと思うけどね…。私たちは待ってあげましょ」

「うん」

ザクラちゃんのことは気になって仕方がないが、鈴ちゃんの言う通り俺らはとにかく待つしかない。俺らは俺らのやれることをやるしかない。そう思って作業を再開した。


お昼休憩になると俺らの作業は忙しくなる。

「はい、お待たせしました-」

温かい汁物が入ったお椀を整列した人々に配っていく。

「なぁ、海救主様ってどうなったんだろうな?」

作業をしているとそういう話を耳にする。

「どうなんだろうな…。風の噂じゃ力使い果たして意識が戻らねぇって話になってるけど」

「意識戻られるといいよな…世界を守ったためにそんなことになっているのなら」

ウィ-ン·ウォンドを倒し世界を守ったザクラちゃんは、いつしか人々の間で女神のような扱いになっていた。でも分からない訳ではない。

一度命を落としたもののたくさんの願いに応え、再び戦いはじめたザクラちゃんの神々しい姿は今でも忘れられない。本当にあの姿は美しかった。

「次の方どうぞ」

あの日のザクラちゃんの戦う姿を思い出しながら作業をしていると、目の前にいた女性が俺の顔を見て固くなった。

「え…」

「え?」

「…北斗様…?」

俺の名を呟いた女性が目を潤ませわなわなと震える。

「…もしかして…つづみ?」

「…はい、つづみです。北斗様…」

つづみは嬉しそうに微笑み、ポロポロと泣きはじめた。

「え、ちょ、つづみ!?」

再会に泣くのはいいけど、ここは公衆の場。

若い女の子を泣かせた、と周りにそう思われてしまう。

「いいよ、ちょっとぐらい離れても」

場を見兼ねた責任者の男性がそう言ってくれた。

「ありがとうございます!」

俺は礼を言うと、つづみを連れ慌ててその場を離れた。


「大丈夫か?」

「はい」

つづみはそう言って泣き止み、照れたように笑った。

「申し訳ございません、私ったら…」

「いやいや、いいよ。謝らないで。確かにびっくりしたけど」

それを聞いてつづみは再び照れたように笑う。

「それにしても、北斗様がご無事でよかったです」

「うん…ただいま」

そう言いながら、「ただいま」なんて久しく言ってなかったな、と気づいた。

ザクラちゃんたちには言っていたけど。

「つづみも元気そうでよかったよ」

「はい、お蔭さまで」

「おかげさまで、なんて。俺は何もしてないよ」

「なさったではないですか。海救主様とご一緒に世界を救ったのでしょう?」

「え?」

つづみの言葉が刺さる。

「違うのですか?」

確かに俺は、あの時ザクラちゃんと居た。一緒にウィ-ン·ウォンドを倒す旅をしていた。

でも実際にウィ-ン·ウォンドを倒し世界を救ったのは、ザクラちゃんだ。

「北斗様…?」

首を傾げたつづみの言葉に俺は我に返る。

「ごめんごめん」

「お仕えしている柊の御屋敷にも偉業のお話は伝わってますよ。大変でございましたね」

偉業、だなんて。俺は何もしていない。そんなことに気づいてしまった。

「…ありがとう」

「北斗様? 先程からご様子が…?」

「ううん、大丈夫。で、なんでつづみがここに?」

俺は無理やり話題を逸らす。それに気づかないつづみはキリッと表情を変える。

「私は柊の御屋敷のおつかいで、北斗様を探しておりました。---北斗様。旅と偉業の後ではございますが、一刻も早く柊の御屋敷にお戻りくださいませ」

「え…?」

つづみの表情と「一刻も早く」という言葉に並ならぬことが起きている、と察した。

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