第31話

ムソルグスキーの深更。


 インテリな仲間は、その夜をそう言う。『禿山の一夜』とかいう曲をなぞらえているらしいが、俺はよく知らない。



 俺は古くて狭いアパートの部屋で、膝を抱えてうずくまる。部屋は真っ暗で、時々外を走る車の音だけが、冴えた空気に響く。


 ムソルグスキーの深更。


 今頃、悪魔たちが饗宴を貪っているだろう。


 今日はどんな奴が生皮を剥いで涎を垂らしているんだろうか。


 どんな奴らが、瀕死まで――或いは命を落とすまで戦っているのだろうか。


 どんな女が、幼児が、犯されているのだろうか。


 俺は、ただ目を閉じて膝に額を擦り付けているしかない。



 俺は、共犯者だ。frontという役割の。狂った奴らに、狂ったパーティーを用意してやる、悪魔の手下だ。



 Tは巻き込まれていないだろうか。


 

 彼女の柔らかい頬のラインを思い出す。




 Tは、あいつに、捕まっていないだろうか。



 細くて茶色い髪の触り心地が手の平に蘇る。




 Tは、クスリなんか、打たれてないだろうか。



  ダイヤみたいな瞳の輝きが俺を責める。






 心臓は動いているだろうか。

 心は、機能しているのだろうか。




 生きて、いるのだろうか。




 俺は、膝を抱えて何時間も、そこで丸まっているしかない。



 

 ムソルグスキーの深更。





 こんなに夜明けが遠いなんて、思わなかった。

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