第29話

じっと動かないでいたら、Tが囁いた。ひそひそ声なんて、逆に響くんだよ、お嬢さん。


「天馬、寝ちゃった」


 ぽん、と頭に手が乗せられた。この軽さは、Tのもの。


「髪、つんつんしてる。男の子だねぇ」


 よせ。くすぐったいから、うなじから逆立てるな。


「ほっぺ、触ったら起きるかな。起こしちゃおうか」


 やめろよ。よっぱらい。酔うと触るのかよ。カワイイ奴。


「寝かせてあげるといい」


「…そっか。そうだよね」


 残念そうなTの声。それでも頭を撫でる手は止めない。イイコイイコされるのなんて、初めてかもしれない。頭に手を置かれるのって、結構気持ちいいもんだ。だんだん、眠くなってきた。


「私、天馬の一生懸命どうでもよくしてるところ、実は大好き」


 とろとろと、重い睡魔に襲われながら、Tはそんな勝手な評価をしている。


「…理矢理――働いて…――嬉…」


 その後は、聞こえなくなった。


 


 八嶋が運んでくれたのか。腕を肩に乗せでもして、一緒に歩いてくれたのか。


 目を覚ました俺は、従業員用の部屋で目を覚ました。時計を確認すれば、午前二時半。


 スクッと立って、伸びをする。


 それから注意深くそこを出て、ホールの隅々をチェックした。それから、表通り、裏道。この時間帯の通行人。他の店の様子。


 他の店は、この時間でも通りを人が歩いている。だがこの通りは比較的人がまばらだ。これは、いい条件。


 思わず口笛を吹いてニンマリする。


 俺ってデキる男じゃん。



 その時。テーブルの上の、カクテルに使った瓶ジュースの王冠が目に入った。



 ――ごめん、T。


 

 王冠を指で摘んで、そのままポケットにしまった。

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