第15話

稽古が終わった後、セリには夕食の誘いを断わられた。


「すぐにでも戻って、写真を仕上げたいの。きっと、いいモノが撮れてると思うから」


 挨拶もそこそこに帰ってしまう。


 慌ただしい子ね、と呟いてお弟子さんの稽古の為に外出する祖母に、紗季乃は笑ってしまった。


 残ったのは榊だけ。


 途端、紗季乃は現実に戻された。


「じ、じゃあ私も部屋に戻るわ」


 身を翻す前に榊に腕を取られる。驚いて顔を上げると、これまで見たことのない“男”の顔をした榊がそこにいた。


「紗季乃」


 名前を呼ばれて胸が震える。こんなに甘く低く響く声で名前を呼ばれたら誤解してしまう、と紗季乃は鼓動を早める胸元を押さえた。


「俺はどうやら――お前を他の男には触れさせたくないらしい」


 ドクン


 心臓の上にあてた手を、思わず握りしめた。怖くてずっと、彼の顔が見れない。紗季乃はバカみたいに、榊の肩の向こうの襖の模様を見つめた。


「ただ純粋に、お前を見守っていたつもりだが…この頃の俺は、お前を女として見ている…紗季乃――こっちを見てくれ」


 ゆっくりと、榊に視線を移した。


 ――なんて顔をするんだろう。


 紗季乃は彼に捉えられる。切なげに開かれた唇。なのにしっかりと意志を秘めた瞳。緊張した頬。その混ざり合った男の色香。


「好きだ。紗季乃」


 真っ直ぐに思いを告げてくれる彼に、逃げ腰になどなりたくなかった。紗季乃は勇気を振り絞り、同じ告白を彼に返す。


「私も…榊が好き。貴方が恋しくて、ずっと辛かったわ」


 口に出してみると、クサくて恥ずかしい台詞だった。だが一番本心に近い。榊はそれを受け止めてくれたようだ。


 悪かった、と一言だけ謝って抱きしめてくれた。


「ムカついて仕方ないが、あの男に感謝しないといけないな」


 紗季乃は気まずさから、答えることができない。だが榊は寛容に次を誓わせて、昨夜を水に流した。


「今度から、夜を持て余したら俺の所へ来い。悩みがあるなら、俺を頼れ。人肌が恋しいなら…俺に抱かれていろ」


 恥ずかしさに、ただただ頷くしかなかった。

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