第10話

激しい行為の後、紗季乃は泥に沈むように眠りに捕まった。


 目隠しを解き、ガウンを着せられてもピクリとも動かない。


 そんな彼女に『やりすぎたか』と反省しながら、京矢はシャワーを浴びた。新しい部屋着を羽織り、冷えたミネラルウォーターを取る為にラウンジエリアに移動する。


 と、部屋にベルの音が響く。短く、長く、何度も。


「――やれやれ、お怒りかな?」


 京矢は苦笑したまま、玄関ドアを開けた。相手を確認する必要もない。そこには紗季乃が好きだという男…榊が、不愉快そうに目尻をつり上げて立っていた。多少くたびれては見えるものの、この時もまたスーツ姿だった。


「こんばんは。榊さん――こんな時間にどうしました?」


 京矢は知っていながら、質問する。時刻はまだ四時前。他人の部屋を訪問する時間ではなかった。


「紗季乃を迎えにきた」


 京矢を睨みつける。これは殴られそうな勢いだな、と京矢はますます愉快になった。


「まだ、寝てますよ。疲れきってぐっすりと。…起きるまで待ちますか?」


「起こしてもらおう」


 退く様子のない榊にわざとらしく嘆息して、京矢は中に入るよう半身を引いた。その脇をすり抜けるように足早に入る榊。けれどズカズカと寝室に乗り込むような真似はしなかった。


「悪いが連れてきてくれないか?」


 決して物を頼む態度ではなかった。片手を腰にあて、顎を上げる。さすがに京矢は瞳を見開き、


「随分な態度だなぁ…」


 素直な感想を漏らした。


「彼女、色々行き詰まっていて眠れなかったらしくてね。俺のところに頼ってきたんだ。もしかすると、原因は君かもしれないね」


 意味ありげに榊を見つめた。しかし相手は表情一つ変えない。


「稽古がハードなのは知っているが行き詰まってはいない。俺の管理不足だ。改善しよう」


「…判ってないね」


 紗季乃に同情を覚える京矢だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る