第11話

一旦寝室のドアに手を掛けてから、


「やっぱり、起こすのは止めにする。今日はもう帰ってくれないか?こんな君と一緒じゃ、彼女気が休まらないだろうから」


 京矢は扉から離れた。演技じみているなぁ、と自分に呆れながら――。


「どういう意味だ」


「さあ、どういう意味だろうね」


 榊が苛立ちを募らせたのが判った。だから京矢はことさらのんびりと首を傾げる。


「…さっきから君、何を苛ついてるんだ?」


 榊の眦がいっそう細く鋭くなった。そうこなくっちゃ、と京矢は内心ほくそ笑む。


「紗季乃は重要な舞台を控えているんだ。日常のリズムを変えて、稽古に支障をきたすようなことは避けたい。それに…学校と舞踊以外に気を煩わせるモノも、排除しておくべきだと思っている」


「俺はモノ扱いね。まぁ、いいケド。でも彼女まで商品みたいに管理するんだね。さすがやり手の営業マンだ」


「紗季乃を商品のように管理しているつもりはない」


「…どうかな?君が賢明にコントロールしようとする、そこに彼女の気持ちは含まれてる?…きっと君は根っからの体育会系だろ?芸を貫く者の、複雑さを――それから十代の女の子の気持ちを全く理解していないな」


「紗季乃はそんなに複雑な生き物じゃないし、行き詰まってもいない!俺は俺の目に映る彼女を信じている」


「じゃあ君は?声を荒げるけど、その理由は何だ?管理できないものが、どうやらそこにはあって、君はそれに苛立っている。――違うかな」

 

 京矢は肩を竦めて、榊が入って来たドアを開けた。今度は表情を押さえ、少し冷たく声色を変える。


「悪いけど、今日は彼女を返さない。…体調管理が心配なら、あと一時間でも寝かせてやった方がいい。それから君の怒りの原因を、ちゃんと考えてみるといい。それが彼女の悩みの解決に繋がるから」


 榊はしばらく無言で京矢を見つめていた。だが、思いの外真剣な彼の言葉に渋々従わざるを得ない。


「…今日だけ、紗季乃を預ける。だが、今日だけだ」


「そうしてくれ」


 京矢は満足げに頷いた。

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