第4話

学校帰りに榊は、これから連れていきたい場所があるとだけ言った。


 彼は運転しているから、後部座席にいる紗季乃には彼がどんな顔でその台詞を口にしたのか見えなかった。けれど“連れていきたい”という表現に、紗季乃は胸を弾ませる。仕事なら、必ず事前に詳細を打ち合わせる。そして少しでも彼女が渋面をつくるなら、根気強く諭したり、または驚くほどあっさりと相手側に断りを入れることもある。


 稽古の時間には間に合わせるから。


 今日の彼はそれ以上は語らず、市街地のオフィスビル駐車場に車を停めた。


 テナントが集まるビルの最上階。フォトスタジオSERIと書かれたプレートが、ドアで揺れていた。


 榊に促されて中に入ると、そこはすぐに撮影の為の広い空間が広がっていて、一人の女性がテーブルに並べられたアクセサリーを撮影している。


 紺色の緩いVネックのニットシャツと、女らしいシニヨンの髪。ジーンズはぴったりと綺麗な足のラインを強調させていて、まるでモデルみたいなスタイルだった。


「セリ、連れてきたぞ」


 榊の声で、セリはファインダーから顔を上げる。目が大きくぷっくりとした唇が印象的な美女だった。


「けーすけ、連れてきてくれたんだ!」


 嬉しそうに駆け寄り、二人の前に立つ。耳元で揺れる三連のダイヤのピアスが、とても似合っていた。それに“けーすけ”と呼び捨てにする、間延びした甘い呼び方。


 紗季乃の胸が、ぎゅっと痛んだ。


「初めまして、紗季乃ちゃん」


 セリは花が咲くような笑顔で紗季乃を歓迎する。風貌だけでなく、中身もいい人のようだった。


「紗季乃、こっちはセリだ。大学時代からの付き合いで、その頃からの趣味が高じて今は写真で生活している。是非森紗季乃を撮りたいと頭を下げられたんだ。よければ、請けてほしい」


 拍子抜けした。…いや。がっかりした、が正解だろう。


 榊が私的にどこかへ連れて行ってくれるというだけで、紗季乃は甘い妄想を抱いてしまっていた。


 だが現実は――


「けーすけ、ちゃんと説明してくれたの?彼女、戸惑ってるじゃない」


 セリは親しげに、榊に触れるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る