第26話

とりとめのない話をして、並んで歩く。それだけで小澤さんが機嫌を直してくれた気がする。私はほっとして、自分の足取りが軽くなるのを感じた。


「小澤さんが、もう怒ってないってだけで、嬉しくなります」


「まだ苛立ちはある…分からないのか?」


「へ?」


 階段の最後の一段に足を下ろしながら、私は首を傾げてしまった。


「君にとってまだ俺は赤の他人かと、君にも自分自身にも歯がゆいままだ」


「そんなつもりで隠してたわけじゃありません」


 咄嗟に、声を大きくして弁解した。


「高認のことは、単なる思いつきです。他人だから、というよりは、近道があるならそれもいいんじゃないかって安易に考えて担任に話しただけなんです」


「ああ。そうだろうな」


 小澤さんが軽く頷いて、また二人歩き出した。今度は無言のまま。でも不思議と気まずくはなかった。


「だが達樹、──あまり大人になることを焦るな」


 小澤さんがそう言って顔をのぞき込んだのは、校舎を出た左の裏手。煉瓦造りの講堂についた時のことだった。


「そして、一人で積み上げていこうとも思うな。…難しいことじゃないだろう?」


 俺を頼れ、と彼は言う。それは今日に限ったことじゃなくて、この頃よく、視線で、言葉で、包容で伝えてきてくれる彼の思いやり。


「俺の隣で、ゆっくり大人になればいい」


 建物入り口の、二つの柱の間に立った。赤茶けた煉瓦に夕日が当たり、影すらセピア色に見える。私のお気に入りの場所。


 照れた私は、つい軽口をたたいてしまう。


「岩切先生の言うように、ここで思い出作りをしながら?」


 言い終わるよりも先に、背中が何かにぶつかった。


 あっと言いかけた唇は、小澤さんに塞がれる。


「それも、俺と一緒に、だ。──いいな?」


 その顔も口調も、いつもの大人の小澤さんじゃなかった。我が儘で自信家で悪戯で、何よりも勝ち気な、少年の顔。そして声。


 まるで学生時代の彼と向き合っている気がして、私はドキリとした。

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