第25話

チャックを閉めると同時に、小澤さんが鞄を取り上げる。


「あ、あの!」


 素っ気ないほどあっさりと部屋を出ようとする彼に、私は慌てて声を掛けた。


「面談のこと、黙っててご免なさい。それから、高認のことも──相談してなくて、ごめんなさい」


 一度は扉に手を伸ばした手を下ろして、小澤さんは振り返った。


「話は別の機会に。慌てて決める内容じゃない」


「…はい」


 私はしょんぼりしてしまう。小澤の家に来てから、私はよく、選択を誤っている気がする。そして結局それを、小澤さんにフォローされているのだ。


 自覚はあった。


 今日もまた、間違えてしまった。


 私は俯いて、それから小澤さんの代わりに扉を開いた。


 廊下に出ると、人気のない夕暮れの始まりの時間。


「君の好きな場所は?」


 穏やかに尋ねられたから、


「西側の講堂です。凝った建築の、古い美しい建物」


 せめてこれくらいは、と素直に答えた。


 歩き出す小澤さんの後をついて行きながら、彼の背中に同じ質問。


「小澤さんも、ここにお気に入りの場所がありますか?」


「…考えたこともなかったな。だが、第二図書室にはよく行った」


「第二…?」


「ああ。寄贈書が並んだ書庫だ。これまでの卒業生達の知識が詰まっている。興味があるなら、今度立ち寄ってみるといい」


 こちらを振り返ることはなかったけど、歩くスピードが緩くなった。自然、私は横に並ぶ。校舎を小澤さんと歩いていることが、なんだか新鮮だった。

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