第23話

「教科書を取りに行ってきます…」


 学年準備室を指さしながら、語尾が少し力なく萎んでしまうのは、もちろん罪悪感からだ。


 自覚はある。


 学費を出してもらいながら、それを充分活かそうとはせず、気を遣わないで済む方法を探しているのだから。しかもそれを一番に相談すべきだったのに、私は頭ごなしに否定されるのが怖くて、それを後回しにしてしまった。


 とぼとぼと準備室に入り、椅子の背もたれに掛けていた鞄を持ち上げる。教科書が入るくらい口を広げて机に乗せたタイミングで、


「…んんっ!!っ!」


 くるりと身体を反転させられ、何の合図もないまま唇を奪われた。


 スカートの裾から侵入する慣れた筈の小澤さんの指が、二つの盛り上がりを鷲掴みにしてくる。普段とは違う乱暴な強さに驚いた。


 彼は貪り付くように私の口腔の全てを探り、同時にスカートの下でお尻を持ち上げると、軽々とテーブルに乗せてしまう。真横でぱたりと倒れる布製の鞄。転がり落ちる、ペットボトル。


「教師との恋愛ごっこでも勧められたか?」


 キスと呼吸すら苦しい包容で私を追いつめておいて、小澤さんは面談の時と同じ冷たい口振りで、そんな事を言った。


「な…ん──」


 驚いた私は、咄嗟に首を横に振る。


 それを確認した小澤さんは、ふっと表情を和らげて、意外にもあっさりと私を床に下ろした。


「冗談だ」


 冗談でも、これは心臓に悪すぎる。


 私は手の甲で唇を拭いながら、反対の手でスカートの広がりを直した。


「行くぞ」


 床に落ちたペットボトルを拾い、私に差し出す彼の顔は、まだ心が読めない。


 そんな彼に私はいつもみたいな苦情を言えないまま、慌てて本を鞄に仕舞った。

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