第14話

こんなにも求めているのに、未だ達樹は手に入らない。



 こんなにも必死になっているのに、まだ何も達樹のことを知らない。



 俺に柔らかく微笑みかけて、心のすべてを奪い尽くしておきながら、達樹は俺に身を委ねない。




 残酷な女。



 狂おしいほど、愛しい女。




 心が悲鳴をあげるなど、俺が経験するとは思わなかった。


 


 痛い。




 胸が、

     ひどく痛む。




 

 相変わらす月を恋しがるように窓の外を向く少女。狂気に女の美しさが増すことを、俺はこのとき知った。


『…20章13節汝、殺しては、ならない』



 エジプト記、で始まる一説を達樹は月に向かって唱える。


 恐らくそうやって一人、孤独に懺悔を繰り返してきたのだろう。良心の呵責に、聖書を震える手で捲ったのだろう。


 死を償うものは何かと己に呟いて、達樹は目を閉ざした。


 宣告に近い響きは俺を不安に突き落とし、だがその彼女の絶望は──俺に術(すべ)を与えた。



「達樹」


 強くかき抱く。もう迷いなどなかった。


「殺していても、かまわない」


 達樹の体が硬直する。俺はそれを無視して、深い口づけを与えた。


 戸惑う舌。だが、遠慮はしない。


 唇と唇を繋ぐ銀の糸が、月光に細く散る。それを親指の腹で拭いてやりながら、俺は繰り返した。

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