第15話

「お前が誰を殺していようと、俺には取るに足らないことだ」


 やっと、達樹がこちらを見上げた。


 俺は身を屈め、目線を合わせる。


 吸い込まれそうなその輝きに、それでもいいと惑わされる俺もまた──狂気の中なのかもしれなかった。


「お前が罪人なら、俺もそれを背負おう。お前が裁かれるなら、俺も共に裁かれよう。…だがそれは、神の裁きだけだ」


 頬に、手をやる。熱い。だが、生きている証拠なのだ。生を戦う、証。


「神でなければ、この世の誰にも、お前を裁かせない。お前の罪なら俺は喜んで分かち合おう。達樹、お前となら──喜んで地獄に堕ちる」


 達樹が驚いたように瞬きを繰り返した。


『…あなた、誰?──八嶋さんじゃない』


『…ああ。八嶋じゃない』


 いい加減に覚えろ、と唇をゆるく咬んだ。熱に乾いた唇が、俺の唾液でやわらかく解れる。


 下唇を執拗に食みながら、舌で慰めた。


『和臣だ。…二度と間違えるな』


 非難がましく教えてやれば、


「ああ──かずおみくん」


 花がほころぶように笑う。純粋に。


「あいたかった」


 幼い子供に話しかけるように。



「だきしめてあげる」




 達樹が、両腕を広げた。




 まだ現実には戻らない達樹の、だが庇うように包み込むその行為を俺は黙って受け止める。



 


 もう一度だけキスを。



 

 そう思って彼女の肩に埋めていた顔をあげれば、達樹は眠りに瞼を閉ざしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る