第12話

八嶋はごく自然に、店に馴染んでいった。そこにはタツキや心得た人たちのフォローもあったけれど、なによりも彼の人となりが一番の理由だった。


 きちんと客の名前を覚え、物怖じせずに会話を楽しむ。べらべらと自分の話をする事もないが、困った沈黙を作ることもない。


 カウンターに立てば男女問わず人が寄る。それは相談だったり、些細な報告だったり、下品な下ネタだったり、それでも合間にはちゃっかりと自分の知りたい情報収集も済ませている。


 どこで習ったのかラムとコークを無駄に泡立てずにグラスに注げるし、汚れたコンドームが押し込まれたトイレの詰まりだって嫌がらずに掃除する。


 タツキの仕事が楽になったように感じるのは、決して気のせいではなかった。


「な~に見とれてんのさ、たっちゃん!俺という男が側にいるのに!!」


 右腕で顔を隠すという大袈裟な泣き真似で叫んだのは、天馬だ。


 はっと我に返ったタツキは、自分がじっと八嶋を見ていたことに気づき、軽く慌てる。


 今日はバンドのメジャーデビューを控えた地元の男の子たちの壮行会を兼ねたライブの日で、慣れた夜の大さわぎとは違った雰囲気だ。

 

 当然未成年の出入りも多いから、タツキはいつもより注意深く、進行を手伝っていきたかった。

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