第8話
ホールでふざけてばっかりいた天馬。
小澤さんに雇われて私を尾行していた天馬。
八嶋さんやカイと、再会させてくれた天馬。
一緒に酔っぱらってくれる天馬。
私の知ってる天馬は、これくらい。
…じゃあ、ここにいる天馬は?
「新しい天馬、発見」
そんな顔しないで、とか。
今日も小澤さんに頼まれてきたの?とか。
浮かぶ幾つかの言葉を胸の底に沈めたまま、私はそう言った。
親指と人差し指で鼻を摘んでやったのは、間に漂う変な緊張感を解す為。小鼻を遠慮なく押しつぶしてしまいながら、
「天馬、そんな顔もできるんだね」
何でもないことみたいに目を細めて笑ってやった。そうすることで──何でもないことに、したかった。
鼻先から指を外し、その流れで肩を掴む天馬の手もゆっくり下ろさせる。骨っぽい大きな手に、やっぱり天馬も男の人なんだなぁと呑気に思った。
天馬はまだ恐い顔のままでさりげなく私と“桃尻大学”の間に立って、
「──送ってく」
その場から私を連れて出そうと画策する。
「違うよ、天馬」
だから私は、するりと肩から後ろに下がった。
「あの二人まだ揉めてる。やっぱり気になるよ」
ちょっと意地になって口を尖らせた。
私たちがこうしている間も相変わらす男は女の人に詰め寄っていて、彼女の手から鞄を奪い、中身を地面にぶちまけた。さすがに気づいた通行人が眉を顰めながら、或いは興味津々の様子で、二人を遠巻きに見ている。
女の人は慌ててしゃがみ込んで、落ちて広がった携帯や化粧品をかき集めるような仕草で拾い始めた。隙なく美しく着飾った格好だけに、その光景はとても痛々しく目に映る。
「拾うの手伝うだけだから」
言い訳みたいに呟いて、私は天馬や見物人たちの間をすり抜けた。
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