第90話

何かを考えていたような素振りを見せていた美咲が、やや下げていた顔を上げた。


「私がいない間は、どんな風に過ごしてたの?」


その問い掛けに、澪は美咲の方を見た。


「美咲がいない間は…」


そこで1度言葉を止めた。

小さな深呼吸をした後。


「美咲だけがいない、新しい生活が始まって。

 大学に行くようになってからは、環境や人間関係に慣れるまで時間もかかって…。

 ありさや梓ともなかなか逢えなくて、毎日心細かった。

 あたしが美月さんの店でバイトを始めたのは知ってる?」


「ありさから聞いた。

 まさか美月のところでバイトしてるなんて思わなかったから、凄くびっくりしたよ」


「あたしも最初は断ろうと思ったんだけど、ここに住まわせてもらえる事になったし、何か恩返しを出来ないかなって思って、バイトの件を引き受けたの。

 フロアをメインでやる事になって、出来ない事が多くて辞めたくもなったけど、美月さんや同じバイトの子達が助けてくれて。

 凄くありがたかった。

 けどね…」


再び言葉を止めた。

話そうか、話すまいか、迷っているようにも見える。


「…仕事に慣れてきたら気持ちに余裕が出来てきて。

 ふとした時に美月さんを見ると、美咲に見えて辛かった。

 笑った顔がそっくりだから、何度も『美咲』って呼びそうになって…。

 でも、そんな事を美月さんに言える筈もないし、あたしがちゃんと気持ちを切り替えられないのが悪いから…」


震える声で、それでもしっかりと、自分の想いを言葉にしているようだった。


「あたしがミスをした時も、『澪ちゃん、大丈夫?』ってすぐに心配してくれて。

 美咲と顔がダブって、戸惑う事が多くて。

 …多分、美月さんは察してたと思う。

 暫くあたしとなるべく接しないようにしてくれて…」


どんな気持ちで、澪の話を聞いていていいのか解らなかった。

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