第88話

あの頃のように、2人で並んで歩く。

ちらりと右隣を見れば、遠くを見ながら歩く美咲がいる。

今もまだ信じられず、本当に美咲なのかと半信半疑な自分。


視線を下に向け、美咲の右手を見てみる。

ジャケットのポケットに手を入れている為、その手は見えなかった。


手を繋ぎたいと思った。

昔は何も言わなくても、貴女から手を繋いできてくれた。

今は繋ぐ事は出来ず、2人の心の距離を目の当たりにする。

切なくなり、瞳が潤むも、美咲には気付かれないように顔を少し背けた。


マンションに着き、澪が慣れた手付きでドアの鍵を開けた。

先程と同じ景色が広がっている。


「今お茶を淹れるね」


靴を脱ぎ、上着を脱ぐと、いそいそとキッチンへ向かう澪。

リビングに向かい、ジャケットを脱ぐとソファーに置いた。


『手伝おうか?』と言い掛けたが、言葉を飲み込んだ。

自分の部屋の筈なのに、知らない人の部屋を訪ねてきたような感覚になるのは何故だろう。


余計な考えを振り払うと、鞄から煙草を取り出す。

ベランダに出てから、煙草に火をつけると、ゆっくりと煙を吸い込み、吐き出した。

昼間よりも冷たい風が、美咲の体を撫でる。


距離を感じるのは仕方がないのは解っている。

そう簡単に、縮める事が出来ない事も。


強く思う気持ちは、今もまだ燻っている事は確かだ。

1つも消えていない想いを、どうやって伝えたらいいのだろう。

漫画やドラマ、映画のように、再会をして抱き締め合う事は、自分には出来なかった。


カラカラと、ベランダの窓を開ける音がした。

振り返ると澪が立っていた。


「そんな薄着じゃ、体が冷えちゃうよ」


軽く笑いながら、美咲に声を掛ける。


「私は風邪は引かないから大丈夫だよ」


美咲も軽く笑いながら答える。


「ふ~ん?

 バイクで走ってたら雨に濡れて、風邪引いて学校を休んだのは誰だったっけ?」


悪戯な声で、澪が思い出を口にする。


「さて、誰だったかな」


笑いながら、答えをはぐらかす。


「あたしはその誰かさんが心配で、学校サボってお見舞いに来て、看病してあげたのになあ」


懐かしみながら、思い出を共有する。

そう、2人の大切な思い出を。

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