第87話

ぽろり、ぽろりと、澪の瞳から涙が落ち続ける。

その涙を拭おうと、美咲は手を伸ばすものの、指先は震えていた。

触れていいのか悪いのか、戸惑いが邪魔をする。


そんな震える指先に気付いた澪は、美咲を見た。

澪と目が合うと、苦笑いを浮かべる美咲。


そっと澪の頬に触れてみる。

柔らかな頬を包み込むように、親指で優しく涙を拭うと、澪は静かに目蓋を閉じる。


涙を拭うと髪に触れた。

3年ぶりの感触。

懐かしさが胸を震わす。


「髪、短くしたんだね…」


あの頃はもう少し長かった。

毛先を緩く巻いた君が好きだった。


「美咲が行っちゃってから、すぐに切っちゃったの。

 暫くは短いままでいたんだけどね。

 でも、また伸ばし始めた。

 ありさにも、『澪は長い方が可愛い』って言われたのと…」


そこで言葉を区切る澪の、次の言葉を無言で待つ。

相変わらず、目蓋は閉じたままだ。


「美咲が…あたしの長い髪を好きだったの、思い出したから…」


いつかの言葉を思い出してくれた事が嬉しくて、瞬時に胸が熱くなる。

顔を些か下に向けながら、澪は静かに目蓋を開く。


「まだ全然伸びないんだけどね」


はにかんだような、苦笑いのような顔をする澪を、1秒すら逃さぬように見つめる美咲。

ぎこちなさが抜けないのは、仕方のない事で。


「どんな澪だって可愛いし、綺麗だよ」


素直な言葉を述べてみると、澪は顔を上げて再び美咲と視線を合わせた。


「…風が冷たくなってきたね。

 部屋に行こっか。

 あたしが美咲の家に住んでる事は聞いた?」


「うん、ありさから聞いた。

 まさか澪が住んでるとは思わなかったよ」


初めてその話を聞いた時は、本当に驚いた。

『掃除すんのめんどいから、澪ちゃんを住まわせた』という美月の話を聞くのは、もう少し後である。


「じゃあ、行こっか」


先に歩きだす澪の後に続く。


「…荷物、持つよ」


返事をするよりも早く、澪が引いていたキャリーバッグの取っ手を持った。

何かを言い掛けた澪だったが、そのまま美咲に任せる事にする。

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