第83話

喫煙所には1人の人が、こちらに背を向けて煙草を吸っていた。

貴女がいつも腰掛けていた花壇に、腰掛けながら。

風が吹くと、柔そうな茶色い髪が優しく揺れる。

絵になりそうな後ろ姿だな、と思った。


無意識にそちらに向かって歩き出していた。

カーキ色の薄手のジャケットが、とても似合っている。


前に貴女に似ている人が、やっぱり喫煙所にいて、走って駆け寄ったら全くの別人で、平謝りをした事があった。

思っていたより、似ている人っているんだなって思った。


貴女は今も、あの綺麗な金髪でいるのだろうか。

2人で眠る時、貴女の髪を撫でるのが好きだったな。

あのさらさらの髪に、また触れたい。


あたしは何で喫煙所に向かって歩いているんだろう。

早くスーパーに行って、買い物を済ませて帰ろう。

お腹も大分空いてきた。


ああ、貴女が作った料理が恋しいな。

手際よく、パパっと作ってくれて。

そうそう、貴女が作ってくれたスパゲティ、また食べたいよ。

貴女の味を覚えているから、コンビニで買って食べるスパゲティが味気なく思えてしまうの。


貴女が風邪をひいて、貴女の家にすっ飛んで行って、看病をした事があったね。

あたしが貴女に初めて作った料理は、お粥だったけど美味しかった?

熱が落ち着いたら、貴女はかき玉うどんを作ってくれたでしょ?

今まで食べたうどんの中で、1番美味しかったんだよ。

大袈裟だよって、貴女は笑うかなあ。


喫煙所まであと少し。

もしあの人が美咲だったら。

ううん、そんな事はない。

でも、気になるのは何故だろう。

ちらっと見たら、すぐにスーパーに向かえばいいだけだ。


と、煙草を吸っていた人が立ち上がった。

背が高くて、すらりと長い脚。

黒いスキニーのパンツが、余計に脚を長く見せている。


煙草を灰皿に捨てると、前髪をかき上げた。

ジャケットのポケットから携帯を取り出し、暫く弄ると携帯をしまった。


喫煙所から出ると1度立ち止まり、何かを考えているようだった。

軽く頭を振ると、こちらに体を向けた。

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