第80話

暫くすると、明日香が大きな溜め息をついた。

何か意味があるような、深い溜め息。


「澪ちゃんには敵わないなあ」


緊張から解かれたような、苦笑いを浮かべる明日香。


「そう、澪ちゃんが言うように、澪ちゃんじゃない人を重ねて見てたかも」


静かに呟く。


「初めて君を見た時、君に見とれていたんだ。

 前に付き合っていた人にそっくりだったから…」


悲しいくらいに似ていた。

少し幼さが残る顔。

柔らかな髪と、ちょっと低めの身長と。


「もう2度と逢えない筈なのに、どうしてここにいるんだろうって。

 ぶつかったのはわざとじゃないよ。

 結果的に、それが澪ちゃんとの切っ掛けにはなったけど」


まだ苦笑いを浮かべている。


「5年付き合っていた人がいてね。

 好きで好きで、ずっと一緒にいたんだ。

 けど、別れるちょっと前から、その人の気持ちは離れていたみたいでさ。

 ある時、『明日香とはもう付き合えない』って言われて。

 理由を聞いたら、『好きな人が出来た』って。

 どんな人なのって聞いたら、『男の人』って言われて。


 別れてからは、長かった髪もばっさり切って、服装も男もんばかり着るようになって、仕草も男っぽくしてさ。

 本当の自分を隠すようになった。

 そんな事をしても、何の意味なんてなかったのに…」


寂しげな笑みを浮かべながら、過去を振り返りながら話す。


「結局別れた人は男と結婚して、どっか遠くに行ったって聞いた。

 自分が男だったら幸せに出来たのかなって、自分を責めたりもして…。

 それなのに…別れた人とそっくりな澪ちゃんと出逢って。

 運命なのかなって、思った程だよ。

 澪ちゃんが言ったように、飾った自分で澪ちゃんと接してた。

 まさか見抜かれてるとは思わなかったよ」


切ない話を聞いて、少しだけ胸が痛む。


「自分だけを見てほしくて、美咲の事を忘れてほしくて、必死に言葉を並べたけど…そうだね、自分への言葉になっちゃった。

 あ~、自分は駄目だなあ。

 全くもって、進歩出来てないや」

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