第79話

「昨日あたしに言ってくれた言葉ってさ…」


顔を上げれば、忙しそうにキャリーバッグを引きながら、携帯で話しながら歩いている人が。

友達同士だろうか、楽しそうに話ながら歩いている人達が。

見送りに来たのか、両親であろう人達と、固く握手を交わしている人が。

いろんな人達が行き来している。


「自分に向けての言葉じゃないのかなって思った」


明日香がはっと息を飲むような、そんな動作をしたように思えた。


「全部が全部、あたしへの言葉じゃないんだろうなって。

 何だろう、自分にそう言い聞かせてるようにも聞こえたの。

 あたしの勘違いだったらごめんね」


黙ったままの明日香を見てみる。

いつもの明るい表情はなく、変わりに戸惑いが滲み出ているようにも見えた。


「あたしは一瞬だけど、明日香を美咲と重ねてしまった。

 でも、けして交わる事はない。

 明日香は明日香で、美咲は美咲だから…。

 明日香に惹かれ始めてたのも嘘じゃない。

 けど…やっぱりあたしは…」


「どうして自分じゃ駄目なの?」


真っ直ぐな瞳が、澪を見つめた。


「美咲よりも、自分の方が幸せに出来る自信がある」


その瞳に、微かに動いている気持ちが見え隠れ。


「…その言葉、他に言うべき人がいるんじゃない?」


目蓋が大きく見開かれた。

言葉を発する事さえ忘れて。

開いたままの口は、何を言おうとしていたのかは解らない。


「明日香はあたしを誰と重ねて見てるの?」


静かな言葉で、明日香に問う。


「ち、違う、澪は澪だ。

 他の人となんかと重ねてない」


目を反らされた。

解りやすすぎる動揺。


「自分は澪が…」


「…ねえ、あたしを見てる時の明日香は、本当の明日香?

 無理しているように見えたから。

 背伸びをしているように見えた。

 飾らないようにしていたけど、『明日香』を演じているようにも見えたんだ…。

 明日香、明日香ももしかして過去の人とあたしを重ねて見てたんでしょ?」


子供に諭すような言い方で。

怒っている訳ではないという、意思表示も込めて。

しっかりと明日香を見つめる。

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