第72話

そっと指先で優しく涙を拭ってくれた。

それでも涙は止めどなく溢れている。


「ずっと辛かったね。

 それを我慢して、ずっと過ごしていたんだね。

 もう大丈夫。

 自分が傍にいるから。

 辛い想いを沢山してきたんだから、これからは楽しい事や嬉しい事が待ってるよ。

 自分が全部あげる」


真っ直ぐに明日香の瞳を見つめる。

その瞳はとても優しかった。


「あたしは…」


言い掛けて止めた言葉。


「美咲が好きでも構わない。

 さっきも言った通り、少しずつ自分に気持ちを持ってくれればいい」


先を読まれていた。

驚いた顔をした澪を見て、明日香は小さく笑った。


「大きな声を出したり、ずっと抱えていた気持ちを吐き出したら、少しはすっきりした?」


久々に大きな声を出した。

明日香が言うように、抱え続けていた気持ちを吐き出したのは初めてかもしれない。

思わず感情的になってしまった自分を、急に恥ずかしく思う。


「あ、あのっ、急に大声出したり、泣き出したりしてごめんなさい…」


「煽ったのは自分だよ。

 謝らなきゃいけないのは自分の方だから。

 ごめんね」


頭を優しく撫でられると、再び高鳴る胸。


「よし、行こっか。

 沢山泣いたし、腹減ったでしょ?

 泣くのって意外と体力使うもんね。

 いっぱい食おう」


明日香が先に立ち上がると、澪に手を差し出した。

戸惑いながらも、ゆっくりと手を伸ばし、明日香の手を掴む。

手を繋ぎながら歩き、目的の店に着き昼食をとった。


夕方になり、夏と優と合流すると明日香と別れた。

ホテルに戻り、夕食を済ませると、部屋で3人で買い込んでおいた酒を飲む事になった。


「明日香さんとのデートはどうだった?」


うきうきしながら、優が澪に尋ねる。

何処から話していいのか考えていると、優は更に目尻を下げる。


「その顔からすると、悪い事はなかったんだよね?」


「え?」


「今、恋する乙女みたいな顔になってるよ。

 澪のそんな顔、初めて見た」


自分では至って普通の顔をしていると思っていたのに。

優の言葉を聞いて、顔が赤くなったのが解った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る