第66話

誰かと手を繋ぎ、誰かと同じ景色を見て、誰かと歩く。

なんてことはない事かもしれないが、酷く久しく感じるのは、それだけ美咲と離れている事を実感してしまう。


あの日、空港で見た貴女の顔がちらつく。

最後まで涙を見せなかった、貴女の強がり。

潤んだ瞳は優しく、付き合っていた頃の貴女そのものだった。


涙で濡れた頬に触れた口唇の感覚は、今も鮮明に覚えている。

抱き締めてくれた温もりも…。


貴女は最後まで狡かった。

あたしの心を掴んだまま、去ってしまったのだから。


けど、今心が揺れるのは何故だろう。

ざわざわとざわめく。


隣を見れば貴女ではない人がいて。

貴女とは全然違う人。


「…澪ちゃん?」


名前を呼ばれて我に返る。


「あ、ごめんなさい…」


貴女ではない瞳が、あたしの瞳を見つめる。

その視線に耐えられなくなって、そっと反らした。


違う。

あたしが手を繋いで歩きたいのは、この人ではないのに。

手を離さなきゃ。


それなのに。

手を繋いでいたいと思う自分がいる。


胸が痛む。

苦しくなる。


違う。

あたしは美咲が好き。



ー美咲はあたしの事を、好きでいてくれてるかも解らないのに?ー



心臓が、ドクンと大きな音を立てる。

一片の不穏が、心を染めていく。


一方的に自分が美咲の事を思っているだけで、美咲は新しい人と一緒に過ごしているかもしれないのに。

美咲が自分の事を思っているかなんて、まるで解らないのに。



ドクン



再び心臓が大きな音を立てる。

込み上げてくる気持ちを抑えようとしても、抑えきる事は出来そうにない。


「澪ちゃん、大丈夫?」


いつの間にか、強く明日香の手を握ってしまっていたようだ。

心配そうに澪の顔を覗き込む明日香に、無理に微笑んでみるも。


「そこのベンチで少し休もうか」


促され、ベンチに腰掛ける。


「お茶でも買ってくるから待ってて」


絶えず優しい笑顔を向けてくれるのが、ただ辛かった。

離された手を見つめてみる。

僅かに残る、明日香の手の温もり。

切なくて、泣きたくなる。


この苦しみから解かれる方法はあるのだろうか。

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