第64話

待ち合わせ場所の近くにまでやってくると、すらりと背の高い人物が視界に入った。

髪色が目につく。

貴女と同じ髪色。

鼓動が早くなる。


急ぎ足でそちらに向かう。

その人物はこちらに背を向けていた。


名前を呼ぼうと口を開いた瞬間、その人物がこちらに体を向けた。

目と目が合うと、その人物はとても嬉しそうに微笑んだ。



「おはよ!

 待ってたよ!」



貴女ではない人。

貴女じゃない事なんて、解っていたじゃないか。


「お、はようございます…」


言いかけた名前を飲み込み、当たり障りない挨拶を口にしてみた。


「迷子にならないで良かった。

 よし、じゃあ行こうか!」


優しく目を細める明日香を、自分はどんな顔で見ているのだろう。

貴女と同じシトラスの香りが、虚しく胸をさらっていく。


「あ、あのっ」


歩きだした明日香に声を掛ける。


「なあに~?」


顔をこちらに向ける明日香は、ご機嫌なのは手に取るように解る。


「髪色…変えたんですね」


「あ~、そうなんだ。

 仕事が終わってから染めてみたんだ。

 自分で染めたから、あんまり上手く出来なかったんだけどね。

 うちの仕事先は髪色とか五月蝿くないから、たまにこうやって明るい髪色にするんだ。

 変じゃないかな?」


陽の下で照らされた明日香の髪は、まるでキラキラと輝く金糸のようだった。

その髪色がとても似合う人物を、よく知っているから。

泣き出しそうな気持ちを、抑える事に必死だ。


「澪ちゃん?」


不思議そうな顔をしながら、澪の顔を見る明日香。

気付かれないよう、なんとか涙を引っ込める。


「す、すみません。

 コンタクトがずれちゃって…」


コンタクトなんてしていない。

我ながら、なかなか苦しい言い訳だなと思う。


「大丈夫?」


「もう大丈夫ですから」


何が大丈夫かなんて解らなかった。


「そう?

 とりあえず、行けそうなら行こうか」


言い終えるよりも早く、明日香の左手が澪の右手を取った。

そのまま繋がれてしまう。


誰かと手を繋いだのはいつぶりだろう。

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