優しさを口ずさんで

第63話

申し分のない程の青空が広がっている。

空を見上げれば、太陽の光に目を細める。


その暖かさに包まれながらも、複雑な気持ちを抱えながら、澪は待ち合わせ場所へと歩いて行く。

足取りが重いのは、火を見るよりも明らかだ。


出来る事ならお断りしたかったのに。

そんな事を思いながら、人混みを抜けていく。


昨日に引き続き、今日も観光客で賑わっている。

皆楽しそうに写真を撮ったり、はしゃいだりと忙しい。

それらを横目に、まっすぐ前を向きながら歩き続ける。


夏と優とは、先程別れたばかりだ。

折角3人で旅行に来たのに、別行動をしてしまったら意味がないのではないだろうか。

夕方に合流する事になっているものの、正直な気持ちを言えば納得出来ない。


しかし、今更文句を言っても何も解決しないのは解っている。

諦めて溜め息を溢してみるも、気持ちが穏やかになる事はなかった。


上着のポケットに入れておいた携帯が震えた。

取り出して確認してみると、明日香からメッセージが届いていた。


『待ち合わせ場所は解ったかな?

 解らなかったら電話でもメッセでもしてね!』


簡単な返事をして、携帯をしまった。

やはり、行きたくない気持ちは拭いきれないままでいる。


ふと思い浮かぶ、かつて恋人だった人。

無邪気な笑顔が、頭から離れないのは何故だろう。


自分には美咲が全てであり、美咲以外の人とは付き合えないと思っている。

いや、思っているのは自分だけなのだろうか。


あれから誰とも付き合ってはいない。

確かに寂しさに潰されそうになった時は、数えきれないくらいあった。

それでも…他に付き合いたい人はいなかった。


いたのかもしれない。

でも、そちらに目を向ける事は…余裕はなかった。


思い出はいつだって綺麗で、その思い出の中で揺れていたいと思った。

過去にばかりすがり、「今」も見れない自分が惨めで、自分で自分を笑ってしまった。


あの頃の自分は何処に行ってしまったのだろう。

しかし、探す事をしなかったのは、結局のところ答えは解っていたからだ。


美咲がいないから。

答えは至極簡単だった。

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