第62話

「イギリスはどうだった?」


「忙しくて大変でしたが楽しかったです。

 連絡をしないで申し訳ありませんでした」


「いいのよ、大丈夫。

 澪が旅行に行ってる事は聞いた?」


「ありさから聞きました」


「今日の夕方くらいに帰ってくるって。

 澪には連絡したの?」


「いえ、まだです…。

 家で澪を待とうかなって思っています」


「そう、解ったわ。

 澪も貴女も、お互いにたくさん辛い想いをして、遠回りをしてきたけど…。

 2人には気持ちがあると思うから。

 澪と復縁出来なかったら、あたしと新たな日々を始めましょうね」


ツッコミ役の澪がいない為、美咲がツッコミを入れるべきだろうが、タイミングを逃してしまう。

が、香奈なりに気を遣ってくれているのは解っている。


香奈と別れた後、自分が住んでいた家に向かった。

変わらない風景を楽しみながら、歩き慣れた道を歩いていく。


鍵を取り出し、ドアを開ければあの頃と変わらない部屋が。

変わった事と言えば、煙草の匂いがしない事だろうか。


たくさんの思い出が詰まった場所。

あの頃の自分に戻ったような気分だ。


綺麗に片付けられた部屋。

寝室を覗けば、脱ぎ捨てられた部屋着がベッドに置かれていた。


ベランダに出れば、見慣れた景色が広がる。

5年前に初めてここに来た時と、変わらない景色。


春風に吹かれながら、期待と不安に揺れていたな。

今もそう、あの頃と同じで、期待と不安に揺られている。


ソファーに戻り、座りながら澪を待つ。

時刻は15時を過ぎていた。

夕方くらいに帰ってくると香奈は言っていたが、正確な時間は解らない。

さて、どうしたものか。


立ち上がり、本棚を覗く。

1冊手に取り、時間潰しに読んでみる。


読み終わり、時計を見ると18時を過ぎていた。

澪が帰ってくる気配はない。

もしかしたら、実家の方に帰っているかも。


明日また出直そうか。

仕度をして家を出る。

外はまだ明るかった。


空を見上げれば、細い三日月が浮かんでいた。

紺碧と月の金色が綺麗で、いつまでも見つめていたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る