第60話

美咲は何も言わずに、美春の話を聞いていた。

涙が流れている事も忘れて。


「生き物はさ、いつ死ぬかなんて解らないじゃない?

 1秒後に死ぬ事だってありえる。

 いつ『永遠の別れ』がくるか解らない。

 だからこそ、大切に生きなきゃいけないと思うの。

 後悔なんてしたくないし、あんたにも後悔させたかないし。


 3年間離れていた時間を、全て取り戻す事は難しい。

 それなら、これからを彩り紡いでいけばいい。


 あんたと澪ちゃんがどうなるかは解らないけど、想い合ってきたんだから大丈夫…なんて、安易に言うもんでもないか。

 なんにせよ、あたしが言いたいのは、過去ではない『現在』を生きろって事。


 未来はいくらでも変える事が出来る。

 自分次第でどうにでもなるんだから。


 …失くしてからじゃ、手遅れなんだからさ」


美春は自分の事を殆ど話さない。

そんな美春が過去の話をするなんて、思ってもみなかった。


「『女の子』は大切な人と死別をしてしまったけど、美咲はそうじゃないんだからさ。

 何度でもやり直せるんだから。

 あんたはこのあたしの子供よ?

 チープな根性は持ち合わせてない筈。

 ちゃんと澪ちゃんの心、しっかり抱き締めてきなさいな」


自分の弱さを否定しないでくれたのが嬉しかった。


「はあ~っ、湿っぽくなっちまったわね!

 セバス、泣いてないでガンガン飲みなさい!

 しゃ~ないわね、お父さんに内緒で買った、1本5万するワインでも開けちゃおうかしら!」


美春が台所に行ってしまった。

涙をティッシュで拭き、煙草に火をつけた。

切なさが胸を濡らす。

美春に辛い過去があったなんて知らなかった。

何気なさを装ってはいたが、時折瞳を潤ませていた。


自分と同じような想いをしてほしくないという、美春の気持ちを受け取る。

そして、澪を思い浮かべる。



もう大丈夫。

もう迷わないよ。



しっかりと自分の気持ちを、澪に伝えなくてはと思う。

そうだ、後悔なんてしたくない。

『現在』を、これからを共に生きていきたいから。

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