第56話

暫しの沈黙。

美咲は顔をやや俯けたまま、言葉を発する事はなかった。


美春が煙草に火をつけた音が聞こえる。

そして、煙を吸い込んで、吐き出す音も聞こえた。


「むか~し昔、あるところにとても美しくて可愛くて、コスプレがとっっっっっても似合う女の子がいました」


静寂が漂う部屋に、美春の声が響く。


「学業を頑張りながらも、コスプレをする為の軍資金を稼ぐべく、居酒屋でのバイトを頑張っていました。

 そんな女の子を、いつも気にかけてくれていた、優しい女性がいました。

 その人は女の子よりも10個も年上でしたが、あどけない笑顔が魅力的な人でした。

 いつしか女の子は、知らず知らずの内に、その人を目で追うようになります」


そっと顔を上げると、美春は何処か懐かしそうな、それでいて寂しそうな表情を浮かべていた。


「女の子が仕事で失敗して落ち込んでいると、いつも優しく慰めてくれました。

 女の子はそれが嬉しくて、女性に惹かれていきます。

 そして、女性に対し、恋愛感情を抱いている事に気付くのです」


その瞳は、きっと過去の自分を見つめている筈で。


「ある日の事でした。

 いつも笑顔が絶えない女性が、珍しく落ち込んでいたのです。

 女の子は一生懸命考えます。

 『いつも自分が支えてもらってるのだから、こういう時こそ、自分が日頃の恩返しをしなくては!』と」


その瞳は、何かを言いたげで。


「仕事が終わり、女性と一緒に帰る事になりした。

 歩きながら、然り気無く女性に声をかけます。

 『今日は元気がなさそうでしたが、何かあったんですか?』

 すると女性は、困ったような笑顔を浮かべながら、『うん、ちょっとね』と答えました。

 『あたしで良ければ、相談にのりますよ?』と言うと、女性は更に困ったような笑顔を浮かべました」


そこで一旦区切り、煙草の煙を吸い込み、深く吐き出した。

遠くを見ながら。


「女性はそのまま黙ってしまいました。

 女の子は、『生意気な事を言ってしまったかも』と思います。

 暫くの沈黙の後、公園の近くに差し掛かりました。

 女性は、『ちょっと寄っていかない?』と持ち掛けてきたので、女の子は快諾します」

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