第55話

「私は…」


言い掛けて言葉を区切る。

いろんな気持ちが溢れていて、上手く整理が出来ないし、言葉にする事も出来ない。


「イギリスに行った事は…後悔はしてない。

 けど…澪と別れた事は後悔してる…。

 ただ、あの時どちらを優先すべきか、解らなかった…。

 夢も澪も諦められなくて。

 どちらもとどめておく事は出来なくて…」


ぽつり、ぽつりと、言葉を口にしている。

自分に言いかけるように。


「今でもあの時の選択が正しかったのか、解らないでいる…。

 でも、何が正しくて、何が間違ってたのか、今更知ったところで、どうにかなるもんでもない」


飲み掛けのビールを口に含めば、苦味が広がって。

それは、まるで自分の心情を表しているようで。


「今思えば…夢や憧れよりも、澪の事が大切だったって…気付いて。

 けど、今傍に澪はいなくて…」


自分の不甲斐なさに、溜め息が出るばかりだ。


「本当に大切にしなきゃいけなかったのは…澪だったのに…」


涙が零れそうになるのを、必死に抑える。


「あたしはあんたの気持ちを確認したかっただけ。

 美咲のそんな寂しそうな顔、久々に見た。

 澪ちゃんがいないと、しおらしくなるのね。

 …それくらい、あんたには澪ちゃんが必要だったって事よね」


出来るなら、今すぐに逢いたい。

抱き締めたい。

名前を呼ばれたい。


愛しさが、

切なさが、

恋しさが、

寂しさが、

想いが溢れる。


体の全てが、澪を求めている。


「澪ちゃんに逢ったら何をしたい?」


優しい声だった。


「全てを謝りたい…。

 許してくれるまで謝りたい」


「それから?」


「…もう1度、やり直そうって伝える。

 もう、離れたくないし、離したくない」


やり直せる確証はない。

それでも…あの頃のように、笑い合う事が出来たらと願う自分がいた。


「それだけの気持ちがあるなら、迷う事はないでしょ。

 あんたの全部をぶつけなさい。

 みっともなく泣いたっていい。

 この3年間、温め続けてきた想いの全てをぶつけなさい。

 あんたに覚悟があるなら、あたしは美咲の背中を押すから。

 もう迷わないで。

 大切な人だと言うなら、躊躇わないで」

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