第48話

美春の顔を、まともに見る事が出来なかった。

相変わらず言葉を返す事が出来ず、口を紡いだままの美咲は、鞄から煙草を取り出し、火をつける。

煙を燻らせながら何を思い、何を考えているのか、何となくは読み取る事は出来たが。


「今日はどうするの?

 泊まっていくなら、買い物に行かなきゃなんだけど。

 久々の再会なんだし、親子で女子トークでもする?

 あんたの話も聞きたいし」


美春の案に、「うん…」と短く返事をすると、美春は吸い終わった煙草を灰皿に押し付け、火を消した。


「あたしは買い物に行ってくるから、あんたはゆっくりしてなさい」


そう言うと、美春は車の鍵と鞄を持って行ってしまった。

座っていたソファーに、体を倒す。

仰向けになりながら煙草を吸ってみれば、煙は天井を目指して登っていく。

窓を開けなきゃと思いながらも、体を動かすまでにはいかなかった。

体が、心が気だるい。


改めて澪の事を言われれば、切なくなるばかりだ。

自分は自分の事ばかりで、結局澪に対して何も出来なかった。

何かをするのが、ただ怖かった。

傷付けてしまうだけだろうと、諦めてしまったのだ。


美春が言うように、忙しさで心の痛みを誤魔化していたのは事実。

時間に治癒を任せた事も事実だ。

だが、いくら時間が流れても、2人の関係が修復される事はない。

自分で何かをしなければ、無駄に時間が過ぎていくばかりで、何も解決なんてしない。


それはよく解っている。

ちゃんと向き合わなくては。

自分と、澪と。

その為に日本に帰ってきたのだから。


煙草を片付けると、ジャケットのポケットから携帯を取り出す。


『今日は母上様のところに泊まるわ』


ありさにメッセージを送ると、すぐに既読マークが付く。


『あいよ~。

 いっぱい話をしてこいよ~』


ありさの事だ、美春と澪の事や今後の事を話す事を、見越しているのだろう。

何も言わずにいてくれるところに救われる。


ふう、と溜め息が零れる。

溜め息をつくと幸せが逃げると聞くけど、自分はどれくらい溜め息をついてきただろう。


幸せになりたい訳じゃないが、出来るのならば幸せにしたい。

そう、君だけを。


もう1度溜め息をつくと、煙草を灰皿に捨て、そっと目蓋を閉じた。

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