第42話

「澪、大丈夫?」


何かを察したのか、優が声を掛ける。


「うん、大丈夫だよ」


残っていた酒を飲み干し、一息つくと。


「…その人には夢があって、それを叶える為にイギリスに行っちゃったの。

 それを告げられたのは、旅立つほんの少し前。

 言われた時は、目の前が真っ暗になった。

 耐えられなくて、堪えきれなくて。

 大嫌いって叫んで、その人の心を傷付けて…」


あの日のシーンが思い浮かぶ。

言葉を聞いた美咲が、泣きそうな顔をしながら目を反らした。

あんな表情は初めて見た。


「それは流石に彼氏が悪くない?

 いくら何でも酷すぎじゃん」


「行かないでって言わなかったの?」


「言ったんだけど、夢を諦める事も出来ないからって。

 もっと早くに言ってほしかったんだけど、言われたらあたしはきっと一緒にイギリスに行く事を選んだから。

 大学に受かった矢先に告げたのは、それを見越してだって」


2人の時間を、2人の日々を奪ったのは誰なんだろう。

…違う、誰が悪い訳じゃない。


「ドラマみたいな話だなあ。

 彼氏と別れてから、一切連絡とかないんでしょ?」


「うん、ないよ。

 多分こっちにも1度も戻ってきてない筈。

 戻ってきたとしても、あたしもあの人も、逢う勇気までは持てない、かな…」


本音を言えば逢いたい。

逢えない。



「復縁の見込みがないなら、もうそろそろ区切りをつけてもいいんじゃないの?」



話を聞いていたのか、澪とぶつかった店員が口を挟んできた。


「ごめん、聞こえちゃったからさ」


苦笑いを浮かべながら謝る。


「あ、イケメンさん。

 そうだ、名前教えて下さいよ~」


優が可愛らしい笑顔を浮かべる。


「あ、まだ名前言ってなかったね、ごめんよ。

 自分は明日香。

 小川明日香って言うんだ」


「えっ、女性だったんですか!?」


鳩が豆鉄砲を喰らったが如く、優は本気で驚いていた。


「はははっ、こんななりだからよく男に間違えられるんだよね~。

 まあ、気にしてないからいいんだけどさ」


爽やかな笑顔は眩しく、場の空気を和ませる。


「3人の名前を聞いてもいい?」


「あ、あたしは優、この子は夏、こっちの子は澪です」


「ありがとう。

 改めて、よろしくっ!」


向けられた笑顔は少年のようで、それに対して上手く笑えなかったのは何故だろう。

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