第37話

思い出せば、切なさが心をさらっていく。

時々思い出しては、こうやって寂しさが広がっていく。

解っているのに思い出してしまうのは、美咲の事が好きだからだ。


端から見れば、「依存してるんじゃないか?」と言われてしまうだろうか。

確かに、依存してないと言えば嘘になるけど…。

恋は盲目とは言うけど、自分の瞳はどれくらい周りが見えなくなっていたのだろう。


…いや、きっと少しは見えていた筈だ。

言い切る事の出来ない後味の悪さを、そっと拭った。


手に持っていた携帯が震えた。

覗き込むと、夏からの着信だった。


「もしもし?」


「澪~、今トイレから出てところなんだけどさ、なんか美味そうなもん売ってる店を見つけたよ」


「解った。

 じゃあ、そっちに行くね。

 場所はどの辺?」


ベンチから立ち上がり、歩きだして僅か数歩。

見知らぬ誰かと肩がぶつかってしまった。

慌てて謝る。


「あ、すみません!」


「いや、こっちこそすんません」


低い声だった。

似ていた声だった。

振り返ってみる。


足元が視界に入った。

履き古したスニーカー。

少しずつ見上げていく。

スキニーのジーンズ。

そして、黒のジャケットに、白いシャツを着ていたのが見えた。

ゆっくりと首を上へ。


鼓動が早くなる。

まさか、そんな訳がある筈がない。

だって、貴女は私を置いて行ってしまったから。


「…大丈夫ですか?」


もう1度、低い声がして、耳に届いた。

更に鼓動が早くなる。

この状況に追い付ける程の、心と頭のキャパシティなんてないのに。


他人のそら似だよと囁く自分がいる。

違うよ、お前が今逢いたい人物だよと囁く自分がいる。

ぐらつく頭脳は、まるで海を漂うような感覚。


「あ、あの…」


言葉が上手く出てこない。

戸惑いが邪魔をして、言葉を発する事が出来ずにいた。


顔を上げるのが怖い。

もしも貴女だったら、自分はどんな顔をすればいいのだろう。

そう簡単には笑えない。

かと言って、泣きたい訳でもない。

こんな時、どんな表情をすればいいのか、正解が解らない。


耳に当てたままの携帯から、夏の声が聞こえたものの、何を言っているのか聞き取る事は出来なかった。


やっと絞り出した言葉は。



「…美咲?」

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