第23話

「ふあ~っ、食った食った~!

 ごっそさん!」


結局ビールには殆ど手をつけず、食べる事に専念していた。

ほぼほぼ美咲が食べてしまったものの、2人は美咲が美味しそうに食べてるのを見れて満足してしまった。


「お粗末さん。

 いい食いっぷりだったなあ」


「向こうじゃ食べられる日本食も限られてたからさ。

 冷やし中華、みたらし団子、肉まん、釜飯、刺身、焼鳥、焼き肉、あとはしゃぶしゃぶと、牛丼、親子丼、うどん、素麺、他には…」


「うおいっ、何かの呪文か!?」


「いんや、食べたいもんのリスト」


「多すぎだろっ!?」


「まあでも、ずっと向こうにいて食べれなかったんだから、色々食べたくもなるんじゃない?」


「そうなんよ~。

 やべ~な、暫くは食べまくりの日々が続きそう」


「美咲が太るの、想像つかないなあ。

 あ、そうだ」


梓が思い出したように、両手をぱちんと叩く。


「美咲は一時帰国?

 それとも、もうずっとこっちにいるの?」


そっと梓の顔を見ると、次に美咲の顔を見たありさは、美咲の言葉を待つ。

一瞬、戸惑いの表情を浮かべた美咲は、温くなったビールを喉に流し込む。


「一時帰国か、ずっとこっちにいるかは、答え次第だから」


冷静な声が、ありさと梓の耳に届く。


「ありさがあの時電話で澪の気持ちを伝えてくれなかったら、私はあのままイギリスに永住するつもりでいたんだ。

 オーナーから、『いずれはお前に店を任せる』とも言われてたし」


そこまで言うと、煙草を取り出して火をつける。

深く吸い込んで吐き出した煙が、ゆっくりと部屋を白くした。


「まだ向こうに着いたばかりの頃は仕事を覚えたり、向こうの言葉を勉強したりで、余裕がなくてさ。

 澪の事を忘れる事はなかったけど、深く思い出す事は疎らだった」


気持ちがなかった訳じゃない。

自分に、生活に余裕がなかった。


「寂しくなかったかと聞かれれば、すげ~寂しかった。

 自分に余裕が出来てくると、澪の事が頭から離れなくて。

 …何度も電話しようとも思ったし、メッセも送ろうと思った。

 でも、結局出来なくてさ…」

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