第15話

のんびりとした時間が流れていく。

イギリスにいた頃は、こんなにのんびりした事はなかった。

気持ちが、心が、少しだけ軽くなる。


「みさきち、うちに泊まるっしょ?

 久々に会えたんだしさ」


「お邪魔じゃなければ、泊まらせてもらおうかな」


「今夜、梓がうちに泊まりに来るんよ。

 今日は3人でドンパチやろうぜ」


「ん、そうしよっか」


澪の名前を口にする勇気は、まだなかった。

美咲の心情を知ってか知らずか、ありさも澪の名前は出さなかった。


「あたしは夕飯の準備しちゃうから、みさきちはのんびりしてるがよろし。

 長旅で疲れてるんだしさ」


「すまん、そうさせてもらうわ。

 は~、久々の畳だ~」


言うよりも早く、美咲はその場に寝転んだ。


「日本語も通じるし、牛丼屋もあるし、ちゃんとした寿司屋もあるし。

 やっぱ母国はいいなあ。

 ジャパン最高」


「3年ぶりのジャパンはどうよ?」


「ん~、そだな~、やっぱ懐かしいかなあ」


帰ろうと思えば、いつでも帰る事は出来た。

でも、それをしなかった。

日本に帰ったら、必然的に澪が恋しくなるのは、解りきっていた事であって。


会いたくない訳ではなかった。

会ってはいけない気がしていたから。


癒えていない傷を抱えたまま一時帰国し、澪に会ったら辛いだけだ。

それこそ、お互いの傷に塩を塗るようなもの。

そう考えると、到底帰る気になれなかった。


目蓋を閉じてみる。

いつだってそう、笑い合っていた頃の2人が鮮明に甦るから。

君をバイクの後ろに乗せて、家に送ったり、出掛けたり。



…そうだ、バイク!



ガバッと勢いよく体を起こす。


「うおおおいっ、ありさぁあっ!!」


「うおおおっ、どどどしたっ!?」


美咲の凄まじい勢いに、流石のありさも驚く。


「わ、私の相棒は何処!?」


「みさきちの目の前にいるではないか。

 さあさ、目が乾いて涙が溢れるくらい見るが…」


「ちっげ~よ!

 ありさなんかよりも、果てしなく大切な私の可愛いバイク!」


「ありさなんかよりとか酷いな!?

 あたし、さりげにバイクに負けた!?

 車庫に停めてあるから、見に行っておいで。

 鍵は玄関の壁のフックに掛かってるから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る