第10話

あと少しで美咲の口唇に、紗也の口唇が触れるところだった。

寸前のところで、美咲は顔を反らした。

そして、何も言わずに紗也を抱き締めた。


「…美咲?」


きょとんした声で美咲を呼ぶ。


「紗也、駄目だよ」


澄んだ声が、紗也の耳に届く。


「自分を大切にしなきゃ」


その声は優しくて。


「気持ちが通じあってないのに『する』のは、虚しいだけだと思うから…」


その声は寂しげで。


「こんな私に、紗也の大切な体を差し出しちゃ駄目だよ」


その声は切なかった。


そっと腕の力を緩め、紗也と向き合うと、寂しげに微笑んだ。

片方の手で、紗也の頭を優しく撫でる。


「『一夜限り』は大人がする事だって。

 私には出来ないよ」


「美咲、あたし……」


俯いた紗也の頭を撫で続ける。


「怒ってる訳じゃないよ。

 紗也の気持ちを、受け取れられなくてごめんな」


まだ胸はドキドキしている。

紗也をなだめながら、美咲は自分の心も落ち着かせる。


「紗也は大事な友達だから…。

 ありがとな。

 そんで、ごめんな」


もう1度抱き締める。


「…美咲、あったかい」


「そう?

 酔っ払ってるからかな」


「美咲はあったかくて、優しい」


「優しくはないさ」


こんなにも自分を思ってくれていたのか…。

嬉しくない筈がない。

でも、自分には大切な人がいるから。


紗也の額に、そっと口唇を付ける。

気付いた紗也が顔を上げる。


「ほら、まじで風邪引いちゃうよ。

 早く服着ちゃいな」


こくっと頷いた紗也は、美咲の太ももから下りると、先程美咲に渡された服を着た。

それを見届けると、電気を消してベッドに横になった。


「傍に行ってもいい?」


「どうじょ~」


恐る恐る、紗也がベッドに上がり、美咲の隣で横になる。


「寒くない?」


「うん、大丈夫」


シングルベッドの為、2人の腕が密着する。


「美咲」


「ん?」


「腕枕してって言ったら怒る?」


「ははは、怒らんよ」


軽く笑うと、右腕を紗也の頭の下に潜らせた。

すると、紗也は美咲の肩ら辺に腕を回した。


「こうやって誰かと一緒に寝るの、めっちゃ久し振りだなあ」


いつも独りだったから。

独りが当たり前だったから。

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