第9話

そこにいて、と言われても。

色々考えている間に、紗也が着ていたシャツを脱ぎ出した。


目のやり場に困ってしまう。

同性とは言え、まじまじと見る訳にはいかないし。

視線を反らしながら、紗也が着替え終わるのを待つ美咲。

時間の流れが、とても遅く感じた。


パサッと、服が落ちた音がした。

ごそごそと生地が擦れる音が聞こえたものの。


ふと顔を上げると、目の前に下着姿の紗也が立っていた。

頬を赤く染め、美咲を見つめている。

慌てて視線を反らす。


「ふ、服を着なさいって」


少々声が裏返ってしまった。

些か酔いが覚めた。


紗也が美咲の頬に手を伸ばし、ゆっくりと触れる。


「ね、あたしの事、ちゃんと見て?」


見てと言われても、到底直視出来る筈もない。


「服を着てくれたら見るよ」


頭の中が真っ白になる。

自分は今、上手く言葉を口に出来ているだろうか。


「美咲に見てほしいから…」


静かに美咲の太ももに跨がる。

美咲の太ももに、紗也の太ももが触れ、熱が広がっていく。

紗也の手に促され、見つめ合う形になる。

その瞳は、真っ直ぐに美咲を見つめる。


「ど、どしたんよ。

 酔いが回っちゃったか?」


「大丈夫、酔ってないよ」


鼓動が早くなる。


「ねえ、美咲…」


熱を帯びた声で、名前を呼ばれる。


「あたしが今、何を考えてるか解る?」


「…解らんよ」


「嘘」


首に腕を回され、体が密着する。


「解ってるくせに」


紗也が落ちないように、腰を支えるものの、掌から伝わる熱に戸惑う。


「自分でも、こんな事をしてる事に驚いてる。

 けど…そういう気分だから」


口の中はからからで、唾を飲み込んでも潤う事はなかった。


「……しよ?」


ドキッと胸が高鳴る。

ふわりと髪を撫でられる。

白い肌が眩しくて。


「最後に…思い出を作りたいから…」


言葉が出てこない。

何か言わなくちゃ、言わなくちゃいけないのに。


「美咲に気持ちが無くてもいいから…」


静かに紗也の顔が近付いてくる。

相変わらず動けずに、今起こっている事に頭がついていかなくて。


「今だけは、あたしだけを愛して」

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