第22話

「言われて当たり前だと思ってるからさ」


下げていた頭を上げた夏は、静かに美咲を見る。


「いろんな人にいろんな事を言われたけど、やっぱ自分がした事って自分勝手過ぎたからさ。

 今更反省をしたところで、空白の3年間をどうこう出来る訳じゃない。

 澪に刻まれた傷も、痛みも、取り除いてあげる事も出来ない。


 『私も辛かった』なんて、口が裂けても言えないしさ。

 言える立場でもない。


 ただ…澪の事を、沢山の人が支えてくれてた事、本当に感謝してる。

 私の家族も、悪友達も、夏や優も…。

 だからきっと、澪は踏ん張ってこれたんだと思う。


 でも、みんな言うんだ。

 『お前じゃなきゃ埋められない痛みまでは癒せなかった』って」


そこで1度区切った美咲は、椅子の背もたれに背を預ける。


「澪がまたあの頃のように、自分に対して笑ってくれるって思ってなかった。

 それだけ酷い事をしたんだから、当たり前だよね。

 けど、それでも、また笑ってくれた。

 この腕に戻ってきてくれた。

 それが…どんなに嬉しかったか…」


その横顔は嬉しげで、悲しげで。


「沢山遠回りをしてきた。

 いっぱい悲しませて、寂しい想いをさせてきた。

 これからはどんな事があっても、澪の傍を離れないし悲しませたりしない。

 絶対に…」


体勢を戻した美咲は、少し冷めたコーヒーを飲んだ。

夏もコーヒーの事を思い出し、砂糖を1つ入れて飲む。


「あ、ごめん。

 1人であれこれ喋っちゃった」


「ううん、美咲の話を聞けて良かった。

 改めて、澪が美咲の事を好きな理由が解った気がする」


夏が微笑むと、美咲も笑った。


「私達ってこれから沢山の『壁』にぶち当たる。

 世間の目はどうでもいいけど、住むところ1つ探すにも苦労するって聞く。

 パートナー制度も、名前ばかりで機能してない事が多いって言うし。

 周りからすると、私達は『普通じゃない』みたいだから、なかなかどうして上手くいかない。

 男女だったらすんなりいく事が、すんなりいかない。

 結婚も出来ないし、じれったいよね。

 たかが婚姻届っていう紙切れ1枚だって出せやしない」


苦笑いを浮かべながら、美咲は頬を指先で掻く。


「それでもさ、大事な人と一緒にいたい事に変わりない。

 まあもしかしたら、同性婚も認められるかもだし。

 ばあさまになった頃に認められたって、杖ついてだろうが、車いすだろうが使って役所に提出しに行くかな。


 今はさ、周りの人達の支えを糧に頑張る。

 私達はそれぞれの家族公認だから、その点はありがたいなって思ってる」

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