第7話

「期待してるならごめんなんだけど、大事な人はいるからさ」


「え~、そうなんですか?」


「私はいつだって、その人の事しか考えてないんだ。

 ほら、仕事に戻りな」


「は~い」


口先を尖らせながら、ダスターを取りに行ってしまった。

小さく溜め息を吐くと、美咲もキッチンへ戻る。




澪がいたら、笑顔を浮かべながらブチ切れただろう。

想像をするだけでも恐ろしい。

こちらが悪い訳ではないのだが、何となく澪に謝ってしまう。


学生の頃、ありさ、澪、梓で帰る途中、正門のところで所謂ラブレターを貰った事がある。

他校の子だったが、断る間もなかった。


受け取った手紙を読み終わり、ふと澪を見ると、聖母のような笑みを浮かべていた。

ありさ、梓は少し離れたところで見守っていた。



やべっ、これは絶対キレてる…



「み、澪さん、どうして怒ってらっしゃるのデスか?」


「あたしのダーリンは他校の子にまでモテるのね~って思って」


怖い、怖すぎる。

笑顔はマリアなのに、背後に阿修羅が見えるのは何故だ。


「ちょ、私はあの子と付き合うとかないよ!?」


「鼻の下を伸ばしながら、受け取ってたくせに」


「鼻の下を伸ばす間もなかったよ!?」


ありさ達に助けを求める為、そちらを見たが、合掌をされただけだった。


「何でそんなに機嫌を損ねるのさ!?

 不可抗力だろ!?」


「解ってるけど、何か腹立たしいんだもん!

 美咲はあたしと付き合ってるのに!」


「他の人はそれを知らないんだから仕方ないっしょ!

 とにかく機嫌なおしておくんなまし!」


ありさ達と別れた後、家に来た澪はまだ機嫌が悪かったから、ホットケーキを焼いたら、やっと機嫌を直してくれた。

今思えば、青いなあとも思うが。


歳を重ねても、彼女のやきもち焼きは変わらないだろうし、笑顔でキレるのも変わらないんだろうな。

そう思いながら笑った。





「へっぶし!」


「どしたの、澪。

 風邪でも引いた?」


「ううん、何かすんごい鼻がムズムズしただけだよ」


ジュースを飲みながら、休憩をしていた澪達。


「誰かが噂でもしたんじゃないの?」


「誰も噂なんかしないって」


「ほら、美咲さんかもよ?」


美咲と言うワードが出ると、たちまち笑顔になる澪。


「美咲があたしの事、誰かに話してるのかな」


「まさかおっさんみたいなくしゃみをしてるなんて、夢にも思わないだろうね」


「ちょっと夏、おっさんみたいなくしゃみって!?」


わいわい騒がしい休憩を終えると、講義に戻ったのだった。

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