第93話

ハッと我に返った。

慌てて添えていた腕を離し、少し彼女と距離を取る。

1人で騒がしい私を見ていた彼女は、くすくすと笑う。

急に恥ずかしくなって、ちょっと俯いてしまった私。


「急いで来てくれたの?」


そんな事はないさ

その言葉は飲み込む。


「…別に」


頬が赤くて熱いから、見られたくなくて。

ぶっきらぼうな言い方になっても、彼女はクスリと笑う。


「おでこ、汗かいてる」


言いながら、彼女はバッグから小さなタオルを取り出し、私に差し出す。

彼女に言われて、初めて自分が汗をかいていた事に気付いた。

タオルを素直に受け取り、額の汗を拭いた。


「森本さんが風邪引いたら大変だから帰ろう」


「へっ!?」


思わず変な声が出てしまう。


「こんなに寒いのに、汗かいてたら、体冷えちゃうもん」


「けど、すんごい来たがってたじゃん」


「ちょっとは見れたし、大丈夫だよ」


自分のせいで、すぐに帰る事になるのはいたたまれない。

それに申し訳ない。


「私は大丈夫だから行こう。

 汗も引いてきたし、平気だから」


「でも…」


じれったいな。

遠慮なんか、しないでいいのに。


「会場、見て回りたくなくなった?」


「そ、そんな事ないよ!」


首に巻いていたマフラーに、口元まで埋める彼女。

何か言いたい事があるなら、言ってくれていいのに。



「ほれっ、行くぞ」


手袋をしていた彼女の左手を掴み、握り、そのまま歩き出した。

彼女は私に引っ張られる形で歩く。


「遠慮なんて、しないでいい。

 本当は見たいんだろ?」


そちらを見ずに言ってみる。


「…うん、見たい。

 凄く見たいっ」


「だったら、気にしないでいい」


優しくて、気遣いすぎる性格。

私に優しくしないで大丈夫なのに。


「少しでも寒気がしたら、すぐに帰ろうね」


「解った解った」


普通を装っているけど、そうじゃなくて。

やっと顔の熱が治まったのに、また熱くなってきて。

勢いで手を繋いでしまった事を思い出し、何処で解くか考える。


いきなり離したら不自然だろうか。

どうやって離したらいい?

いや、そもそもそこまで気にしないでいいんじゃないか?


歩きながら、彼女の手を離す事にした。

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