第82話
そんな昔の事を、ふと思い出したのは何でか。
懐かしむ程、時間が流れたという事だろうか。
歳を重ねた事には、変わりはないけど。
仕事が一段落すると。
「お疲れ様だぜ、菜~々ちゅわ~ん」
声だけで奴だと解るし、アタシの事をそんな風に呼ぶのは、奴以外いないからだ。
「気持ち悪ぃ呼び方やめろ」
声がした方へ体を向けると、髪をばっさり切った奴の姿があった。
頭のてっぺんは黒く、そこから下は染めていた髪がてっぱんだったが、綺麗に栗毛に染まっている。
やや切れ長の目。
左耳にだけピアスが1つ。
あまり陽に当たっていないから、肌が一段と白い。
ほんのりと香る、煙草の匂い。
アタシより、やや高い身長。
ダウンを着て、黒のスキニー、スニーカーと、ラフな格好で奴がお出でなすった。
「この前珍しく、千鶴って呼んでたから真似っこ」
呼んだっけか?
だとしたら、無意識だった。
「アタシの方が歳上だし、偉いんだから敬えよ」
「あ~、うん。
敬ってる敬ってる」
「だから、棒読みで言うんじゃねえ。
とりあえず着替えろ。
先方さん、もうちょいで来るんだから」
言いながら、足元に置いておいた紙袋を取り、奴に渡す。
「クリーニングに出しておいたスーツ、一式あったから着とけ」
「下半身は合うけど、上半身はあわん。
私にはザキみたいな、たわわなお胸がないんでな」
「ナチュラルなセクハラやめやがれ。
お前と同じサイズの子、他にいないしな…。
まあでも、ワイシャツタイプだし、何とかなんだろ。
コートもパンプスも貸すから」
「へいへい」
気だるそうに返事をしながら、奴はアタシの元を去ろうとした。
が、その足がピタリと止まる。
アタシの元に戻ってくると、持っていたバッグを漁り、何かを差し出した。
奴の掌には、うまい棒1本とアタシが吸ってる煙草が1箱。
「…パチンコの余り玉で交換してきたんか?」
「ちっげ~よ、ちゃんとコンビニで買ったんだよ。
ほれ、今日はクリスマスだし、千鶴サンタからプレゼントだ」
去年はシャーペンをくれたっけ。
意外と律儀なんだよな。
「ありがたく受け取ってやんよ」
素直にありがとうと言えない、損な性格。
が、奴はそんなアタシを見て、にいっと笑う。
「私のクリスマスプレゼントは、3ヶ月間の休みをよろしく」
「もっと有名になってからほざけ、ば~ろ~」
言い終わる前に、奴は背を向けて歩きだしていた。
こういうところが、憎めないんだよな。
ちくしょう。
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