第77話

奴と出逢ったのは、ほんの数年前。

仕事が軌道に乗り出して、ちょっとしてからだった。


SNSで光るものをもつ人材を探していた。

いろんな人の絵を見てはいたが、これだと思うものはなかった。

何百、何千、何万という、膨大な絵の中から、光る石を探し出すのは、本当に心が折れる作業だ。


メールで送られてくる、絵を見ても心を打たれるものはない。

どれもこれも似たり寄ったりで、正直なところ、味のないものばかりだった。

右へ倣えと言われても仕方ないような、模造品のようなものばかり。


見つけられない焦りも出始めた頃、たまたま集団で展示会をやるという書き込みを見た。

開催日も会場も近い事もあり、行ってみる事にしたんだ。


パンフレット代わりのチラシを受付で貰い、然程期待を持たずに会場を回る。

小さな作品から大きな作品まで、絵だったり陶芸品だったり、文字だったりと、様々な作品が並べられていた。

アマチュアで活動をしている人達ばかりだったが、何人かは素人もいて。


「まあ、こんなもんだよな」


過度な期待なんてしていなかった。

最後まで見て回って帰ろうと思った時だった。


出口付近に飾られた、やや大きな絵が目についた。

いや、吸い寄せられたという方が正しいかもしれない。


それは、広い空と海が描かれたものだった。

白い雲が空を泳ぎ、波は穏やかに浜辺を濡らしている。

人物は描かれていなくて、まるで写真のように切り取られたような、そんな絵だった。


近付いて、少し離れて見てみる。

アクリルの絵の具で描かれた世界は、何処か儚げで、何処か寂しげで。


絵のタイトルは『戻らないあの日』

絵の説明はなかった。


この作品を描いた人物は、どんな気持ちでこの絵を描いたのか。

込められた想いは何なのか。

どんな景色を見て、この絵を描いたのだろうか。

気付けば、作者に興味が湧いていた。


受付で先程見た絵の作者に逢いたいと話したのだが、もう帰ってしまったとの事。

そもそも、あまり顔を出さないとも。

受付の人に自分の名刺を渡し、逢いたい旨を伝えてほしいと頼んだ。


連絡がきたのは、それから一週間程経った頃だった。

連絡はこないだろうと、諦めていた時だったんだ。

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