第74話

『連れてくも連れていかねえのも、千鶴次第だがな。

 まあ、悩みたまえ。

 じゃあな』


電話は切れた。

持っていたスマホを、デスクに置き、頭をボリボリと掻く。


世話になってる事は変わりない。

金銭を渡すだけでは、味気ないし冷たいようにも思える。


はぁ~~っ


大きな溜め息を1つ。

仕事、さっさと終わらせなきゃなあ…。

とりあえず、一服すっか。

コーヒー飲むべ。


自室を出ると、彼女はソファーに座り、クッションを抱きながらスマホを弄っていた。

目が合うも、先程と同じようにぷいっと顔を背けた。


…子供かよ。

…子供だよ。


台所に行き、ケトルに水を入れてスイッチを入れる。

煙草を手に取り、火をつけ、換気扇をつける。

無言だが、無音ではなくなった。


どう切り出すか。

私も彼女のような、柔軟さやコミュニケーション能力があったら、こういう事態を何とかする事が出来ただろうか。


灰皿に煙草を置き、マグカップを2つ用意する。

1つにはコーヒーを、1つにはココアを。


沸いたお湯をカップに注ぎ終えると、残りの少ない煙草を吸い終える。

カップを2つ持って、居間の方へ。


ココアとコーヒーの香りに気付いたのか、彼女が伏せていた顔をあげた。

彼女のテーブルに、ココアが入ったカップを置く。


「機嫌、直せ」


「その内ね」


完全に不貞腐れてしまっている。

立ったまま、コーヒーを一口。


ふうっと息を吐いてから。


「クリスマス、空けとけ」


今まさにカップに手を伸ばしていた、彼女の動きが止まる。


「えっ?」


目を真ん丸にしながら、私の顔を見る。


「これから毎日、飯は私の好きなもんにしろよ」


彼女の瞳が、キラキラと輝き始める。


「おい、聞いてんの……ぐふっ!」


いつも思う。

彼女の瞬発力は、どうなってんのかなって。

そう、彼女は今私に抱きついてきた。

コーヒーを溢さなかったのは幸いだった。


「ありがとうっ」


いつも思う。

彼女のように素直に気持ちを表せたらなって。

時々彼女が羨ましいと思う事がある。


「抱き付き癖、直せよ」


抱き付くなら男に抱き付けばいいじゃんよ。

地味に照れくさいんだよな、これ。

…別に嫌とか、そういうんじゃない。


「森本さんの食べたい料理、メモしておいてねっ」


「解った解った。

 私は仕事に戻る」


彼女の腕をそっとほどき、部屋へ向かった。

ドアを開けると。


「森本さん」


振り返ると。


「大好き」


にっこりと微笑んた彼女が言った。


私はどうしていいのか解らず、頭をポリポリ掻く。

で、手を振ってから部屋に入ったのだった。

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