第69話

帰宅して、飯食って、風呂入って。

いつもなら、休みの日は夜更かしコースなんだが、久々の運転が堪えたのか、早い時間帯に眠気がやってきた。

珍しく、早めにベッドに入り就寝。











夢を見た。

それは、色も音もない夢。


遠くの方で、幼い私と姉が遊んでいて、それをあの頃の両親が見守っていた。

そんな微笑ましい光景を、現在(いま)の私が見ている。


もう戻れない日々。

幸せが溢れていた。

失うものなんて、何もなかった。

怖い事なんて、なかったんだ。




私と姉が走っていってしまった。

母親が追いかけていく。

父親は優しい笑みを浮かべながら、見つめていた。


と、父親がこちらを見た。

目が合うと、よく見た笑顔を向ける。





大きくなったなあ





声なんて聞こえない。

けど、口の動きから察するに、そんな事を言った気がした。


私は泣いた。

涙が止まらなかった。





「お父さん!」





叫んだけど、声は出ない。

必死に発しようとするが虚しく、一向に声は出なかった。


地団駄を踏む私を見ていた父親は、笑みを浮かべたまま頷く。

が、やがて私達が行ってしまった方を見た。





「行かないで!

 お父さん、行かないで!」





喉から血が出ていい。

叫んだ。

叫んだのに、届かないもどかしさ。





「じゃあ、行ってきます」





いつも仕事に行く時、言っていた言葉。

久々に聞いたな。

悠長な事を思っていたら、父親は歩きだした。


体が動かないから、追いかける事も出来ない。

悲しい筈なのに、そんな気持ちはなくて。


ちぐはぐな感覚が私を包む。











「行ってらっしゃい、お父さん」




目が覚めた。

目尻が濡れていた。

現実でも泣いていた事に気付く。


こんな形で、父親と再会するとは。

今まで夢に出てくる事なんて、1回もなかったのに。




不思議と寂しさはなかった。

今は思い出を大切に生きるだけ。












ねえ、お父さん。

私は今日も『生きる』よ。

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