第67話

無事でいてほしい。

無事でいて。


神様、お願いします。

父さんが帰ってきますように。




祈った

願った

何度も、何度も。


怪我をしていても、生きてさえいてくれればいい。




「あれから10年経つけど、未だに父さんは帰ってこない。

 津波に呑まれて死んじゃったのか、実は生きてるけど、頭を強く打って脳に障害が起きて、記憶喪失になっちゃって行方知れずなのか。

 父さんが使ってた会社の車は見つかったけど、父さんだけが見つからなかった。

 生きてるのか死んでるのかも解らないから、墓も作れない。

 …まあ、どっかで生きててくれたらなって思ってるよ」


嘘をついた。

本当はもう、きっと生きていないって。

頭では解ってるけど、心はそれを拒否してる。


「うちだけじゃない。

 もっと悲惨な事が沢山あった。

 辛い話ばかり。

 楽しい話なんてなかった。

 生きてくのに、元の生活に戻すのに、必死だった。

 高校の卒業式はなくなった。

 当時付き合ってた彼氏は、ご両親と家を失くして、親戚に引き取られた。

 心のダメージが強すぎて、病んじゃった。

 自殺未遂も何度か起こしたって、風の噂で聞いたな。

 今は結婚して、元気に過ごしてるらしい」


話し疲れて、口を閉じた。

口の中がカラカラだ。


「お嬢ちゃん、何か飲みもん買って…」


彼女は泣いていた。

涙で顔はぐちゃぐちゃだった。


やってしまった。

何もこんな日に、こんな話をするなんて。

心の中で自分を殴り付ける。


「…すまん、嫌な話をしちゃって。

 折角のお出かけ、ぶっ壊しちゃった。

 ごめんな」


彼女は首を左右に振る。


「お、父さん、きっと、生きてるよ。

 きっと、帰って、くる!」


絞り出した言葉がそれだった。

私は何て返していいのか解らず、黙ってしまった。


「悲しい、話だけど、森本さん、の事を、知れて、嬉しい。

 嬉しいなんて、言っちゃったのは、不謹慎だけど。

 話してくれて、ありがとう。

 辛いのに、話してくれて。

 泣いて、ごめ、なさ…っ」


私の代わりに彼女は泣いた。

涙はあの日に置いてきたのに。

私も少しだけ瞳が潤む。

けど、気持ちを落ち着かせ、涙が流れるのを阻止する事に成功する。


手を伸ばし、彼女の頭に触れてみる。

そして、そのまま撫でた。


「…泣かしてごめん。

 けど、代わりに泣いてくれてありがとな」


私の言葉を聞いた彼女は、私に抱き付いてきた。

背中を擦り、落ち着かせようと試みる。


「森本、さん」


嗚咽混じりに呼ばれた。


「ん?」


返事をしてみる。


「生きててくれて、ありがと、う」


その言葉にまた泣きそうになる。


「うん」


短い返事しか出来なかった。

彼女にバレないよう、ほんの少しだけ涙を流したのだった。

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