第66話

「携帯は相変わらず使えないから、連絡を取る事が出来なかった。

 とりあえず、父さんが帰ってくるかもしれないけど、近くの避難所に行こうってなって。

 メールは送ったけど、返信はなかった。

 3つ上の姉がいるんだけど、姉ちゃんは埼玉に住んでて、東京の大学に行ってた。

 住んでたアパートは無事だったけど、帰宅難民になってしんどかったって、後々教えてくれた」



姉と連絡がついたのは、震災から3日くらい経った頃だったか。

電話から姉の声が聞こえた時、安堵して泣いちゃったんだよな。



「震災があった日は、すんげ~寒くてさ。

 電気がないから暖が取れない。

 ずっと布団にくるまってた。

 けど、余震が凄くて寝てられない。

 トイレに行くがてら、外に出て空を見上げたら、それはそれは綺麗な星空でさ。

 憎らしいくらい綺麗で、今でも忘れられん」



あんなに綺麗で残酷な星空を、私は生涯忘れる事はないだろう。



「次の日に家に戻ったけど、父さんはいなかった。

 とりあえず片付けをしなきゃだったから、母さんと2人で始めて。

 家の中は、笑っちゃうくらい滅茶苦茶だった。

 タンスも食器棚も本棚も、ほぼぶっ倒れてた。

 冷蔵庫も大惨事。

 近所の人達にも手伝ってもらって、何とか片付いた。

 電気はすぐに通ったから、それは幸いだった。

 水もガスも、ちょっとしてから通ってくれて、いかにライフラインが大事かって解ったよ」


風が頬を撫でる。

彼女は無言のまま、私の話を聞いてくれている。


「少し落ち着いてきて、情報も入ってきて。

 津波が来たのなんて、知らんくてさ。

 車が、家が、人が、船が流されたなんて、映画とかの世界だけだと思ってたよ。

 テレビで流れる映像を、信じるなんて出来なかった。

 頭が処理出来なかったんだな。

 じわじわとこみ上げてくる恐怖に、体が震えたよ。

 沿岸沿いは大惨事で、ご遺体があちこちに散乱してたって」



現実が現実ではないようだった。

これが現実なのだから、何て残酷なんだろうって。



「父さんからは、相変わらず連絡はない。

 帰ってくる様子もなかった。

 不安だったけど、出来る事はない。

 ただ、無事を祈るだけだった。

 いつだったかな、父さんの会社の人がうちに来て、震災の当日に父さんは沿岸沿いを車で走ってた事を聞いた。

 母さんは泣き崩れた」

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