第65話

道を進んでいくと、川から海へ。

遠くを見れば、仙台港の方が見える。


何処までも青い空と、何処までも広い海。

水平線がはっきり見えるが、空と海の境目はあやふやだ。


「綺麗だね」


「んだね」


私は無意識に、海よりも空を見ていた。


「あたし、海って大好き。

 心が落ち着くし、綺麗だし」





私は海が憎いよ





言いかけた言葉を飲み込む。

彼女の気分を害したくなかった。


「森本さん、あれ」


彼女が指差した方を見ると。


「あれは震災の伝承館だよ」


閖上では、800人くらいの犠牲者が出た。

津波に呑まれたこの場所。

景色は昔と大分変わってしまった。


「震災…。」


10年前だと、彼女は小学生か。

ニュースで頻繁に震災の事をやっていたし、知らない事はないだろう。


見つけたベンチに、2人で座った。


「沿岸沿いは、とにかく被害が酷かったんだ。

 津波が来るなんて、思ってもなかった。

 あの時は携帯が繋がらないから、情報も乏しくて。

 私は震災があった日は、卒業式が近かったから家に1人でいた。

 母さんも父さんも仕事でいなくてさ」


彼女に聞かれた訳でもないのに、私はあの日の事を話し始めた。


「震災の前に、デカい地震があったんだ。

 その時は津波が来なかったから、みんな油断しちゃったんだろうな…。

 地震が来て、携帯と財布持って、慌てて家から出て。

 家の近くに停まってた車や、電信柱があり得ないくらいに揺れて。

 あんな揺れは初めてだった」


足が震えて動けなかった。

家がガタガタいって、その音も怖くて。


「家は倒壊はしなかった。

 ガス、水、電気は止まっちゃったけど。

 暫く家の前で、近所の人と話してたら、母さんが血相変えて帰ってきた。

 たまたま家の近くにいたんだって。

 道路は凄く混んでて、帰ってくるのに手こずったって。

 落ち着く間もなく余震がきた。

 母さんが私を抱き締めながらしゃがんだ。

 『このまま死ぬんじゃないか』って、本気で思ったよ」


彼女は何も言わずに、私の話に耳を傾けていた。

そちらを見ながら話していた訳じゃないから、どんな顔をしていたかは解らない。

ただ、視線はずっと感じていた。


10年経ったって、遠い思い出にはならない。

なる事もない。

それくらい、人生に衝撃を与えた出来事だったから。

全てが変わってしまった日だから…。

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