第53話

ぐぅ~~~




音が鳴った。

それは所謂『腹の虫』というやつで。


あたしは咄嗟に森本さんから離れて、お腹を押さえた。

気が抜けた事もあってか、体が食べ物を要求してきたご様子。


呆気に取られていた森本さんは、状況をすぐに察したのか、横を向き、口を押さえながら『ぶふっ!』と笑った。

恥ずかしくなり、顔が熱くなってきた。

よりによって、何でこんな時に鳴るのかなあ…。


「腹、減った?」


まだ笑いながら、あたしに尋ねてきた森本さん。

目は涙目になっていたのを、あたしは見逃さなかった。


「…うん」


恥ずかしい。

そして、何だか悔しい。


「ちょっと待ってろ」


くくくっと笑いながら立ち上がった森本さんは、そのまま台所へ向かった。

棚や引き出しを物色すると、何かを取り出した。

多分、ご飯のパックだと思う。

それを電子レンジで温める。


「立ってないで、座ってな」


促され、大人しくソファーに座って待つ事にする。

待ってる間、バッグから携帯を取り出し、パパ活で知り合った人のLINEを全てブロックし、パパ活用のSNSのアカウントも消去した。


作業が終わり、ふうと一息ついた頃。


「こんなんで良ければ召し上げれ」


テーブルに置かれたお皿に、2つの小さなおにぎりが。


「握ってくれたの?」


「握ってあげました」


言いながら、森本さんは台所に戻り、煙草を吸い始めた。


「食べていい?」


「お好きなようにどうぞ」


お腹の虫が、もう1度鳴いた。

(換気扇がついてるから、森本さんには聞こえてない筈)


1つ取って、口に運び、ゆっくりと頬張った。

塩むすびって、初めて食べたな。

塩がご飯の甘みを引き立てて美味しい。


気付いたら、夢中になって食べてた。

もぐもぐじゃなくて、ガツガツ。

なんて事のない筈のおにぎりが、凄く凄く美味しくて。


誰かが作ってくれた料理なんて、いつぶりだろう。

嬉しくて、ありがたくて、また涙が出てくる。


「しょっぱくな…泣きながら食うなよ」


森本さんは、やれやれといった感じに苦笑い。


「今まで食べたおにぎりの中で、1番美味しい」


「そんなに美味いなら、イラスト屋辞めておにぎり屋でも開業すっかな」


本当に美味しかったんだよ。

素っ気ない態度を見せてても、ちゃんとあたしの事を考えて握ってくれたんだって解ってる。


ぶっきらぼうな人。

でも、優しい人。


おにぎりも嬉しかったけど、もう1つ嬉しかった事があるの。

森本さんの笑った顔を、見れたのが嬉しかったんだ。

ちゃんと笑った顔、初めて見れたから。


少し切れ長の目尻を下げて笑うところが、子供っぽくて可愛いなって思った。

けど、言ったら悪態をつくと思ったから言わなかった。


ちょっとだけ、森本さんを知れた気がして嬉しかったんだ。

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