第52話

彼女は泣きながら、私に抱き付いてきた。

なかなかの勢いだった事もあり、座りながらもよろけてしまった。



「ごめんなさい」



「そんなに何回も謝らんでいいって。

 …私もすまんかった」



いつもこんだけ素直にいれたら、交友関係とかが円滑になるだろうな。

なんて事を、ぼんやりと思った。



彼女は私の首に腕を回し、しっかりと私を抱き締める。

こんな風に誰に抱き締められたの、いつぶりだっけか。



立っている彼女の胸に、顔を預けてみる。

柔らかな温もりが、頬から伝わってくる。



ひとまず、彼女を落ち着かせる事に成功した。

結局、共同生活はまだまだ続く。

けど、別に嫌だとは思っていない。



ちょっと前の自分だったら、どうだっただろう。

『面倒事はごめんだ』と、追い出していたかもしれない。

私も少しは、丸くなったんだろうか。



「ありがとう」



真っ直ぐな気持ちが、ダイレクトに心に届く。

それが何だかくすぐったい。



「どう、いたしまして」



あ~、照れくさい。

柄じゃないな。



ほったらかしだった片方の腕を持ち上げ、彼女の背中に手を置いた。

ぽんぽんと掌で叩いてみる。

大丈夫だよが、それとなく伝わる事を願って。






そのまま暫くの間、彼女は泣いていた。

私は彼女の背中を摩りながら、泣き声を聞いていた。

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