第51話

「お互い戸惑ってたんだろうな。

 お嬢ちゃんは場所や環境に、私は同居する生活に。

 どう接していいのか、解らんかった。

 距離感とかも。

 自分はそういうの、よく解らんし。

 もっと早くに知り合いとかに、相談出来てたらもうちょい上手く対応出来てたかも。

 色々ごめんな」


素直な言葉が、しゃぼん玉みたいに出てくる。

そんな自分に驚いていたけど、今はそうじゃなくて、そんな事はどうでも良くて。


彼女を落ち着かせる事に必死だったのに、結局懺悔を口にしてばかりで。

そんな事をいきなり言われたって、彼女だって戸惑う筈なのに。


「あたしも…どうしていいのか解らなかった。

 お金は勿論大事だけど、友達も欲しかった。

 知らない場所で上手くやっていけるかも心配だった。

 森本さんとも、仲良くなりたかった」


彼女の言葉に、私はハッとした。


「森本さんとは生活リズムが合わないから、あんまり喋れなくて。

 お仕事で部屋に籠ってる事も多いし。

 ここに置いてもらってるから、迷惑や心配を掛けたくなかった。

 けど、この前『迷惑は掛けてないけど、心配は掛けてる』って言われてびっくりした。

 心配してくれてた事は嬉しかったけど、何か迷惑を掛けたらすぐに『出て行け』って言われるんじゃないかって…」


私も大概、駄目な奴だと思う。

年下の子に、こんなにも気を遣わてしまって。


「…出て行けとは言わん。

 ここにいたいなら、いても構わん。

 ただ、これだけは約束な。

 今後もう2度と危ない事はすんな。

 それが守れないなら、ここには置いておけん」


彼女は私の言葉を聞くと、背筋をピンとさせた。

ので、彼女の肩が私の顎にぶつかった。

どうやら、彼女は気付いていないよだ。


彼女は私の腕から出て立ち上がり、私の方を向く。

涙に濡れた真っ直ぐな目が、私を捉える。


「ここに…いていいの?」


震えている声。


頷いてみせる。


「あたし…邪魔じゃない?」


首を横に振ってみせる。


「お金なくて、光熱費とか払えなくなる時とかあるかもしれないよ?」


「そん時はそん時考えればいい」


確かめるように。

噛み締めるように。



「本当に、いていい?」



もう1度頷いてみせると、彼女は再び泣き出した。

今日だけで、何度彼女の涙を見ただろう。


雨に濡れた花のように、

涙は彼女の頬を、

優しく濡らしていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る